わたしは切迫した思いで胆振管内白老町のウポポイに車を走らせた―。ゴールデンウィークを挟んだ前回、こう書いたのを覚えていますか。その理由とは……。アイヌ文化の発信拠点であるウポポイを訪れることで、その伝統文化の豊かさと素晴らしさをもう一度、確認しなければならない。こんな強い思いからです。


では、なぜこんな思いに駆られたのか。それは、アイヌを蔑視するテレビ番組を目の当たりしたからです。日本テレビの朝の情報番組「スッキリ」が報じた内容は、あまりに低俗、かつ悪質な内容のため、今回は繰り返しません。ただ、その代償の大きさは予想をはるかに超えるものでした。当初は番組の女性MCの謝罪で、ことは収まるとみていた節がありますが、世の中はそんなに甘くありません!


あ犬
写真1(アイヌを侮辱した低俗、悪質な番組です。日本テレビ「スッキリ」の一場面)


まず、日本テレビの大久保好男会長(日本民間放送連盟会長)が3月18日の定例会見で「アイヌ民族の皆様に心よりお詫びを申し上げる」と謝罪します。4日後の22日には小杉善信社長も同様に謝罪したうえで、番組について「恥ずべき制作過程だった」と頭を下げました。放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理憲章委員会が「スッキリ」の審議入りを決めたのも当然の成り行きでした。


日テレ社屋
写真2(東京・汐留にある日本テレビ本社。影響力を誇示するような巨大な建物です)


それもそのはず。放送直後には北海道アイヌ協会が日本テレビに対し、原因究明を求める申し入れを行い、加藤勝信官房長官も記者会見で「極めて不適切」と不快感を表明、内閣官房の担当部署を通じて、日本テレビに厳重抗議したのです。包囲網はあっという間に築かれました。


アイヌ民族をめぐる発言は日本政府にとって、国民にとって、これほどまでに重要な問題なのです。繰り返しになりますが、日本は単一民族国家ではありません。アイヌ民族こそが先住者であり、政府の公式見解です。その結実が、白老に誕生した国立アイヌ民族博物館を核とするウポポイ(民族共生象徴空間)であることを忘れてはなりません。


わたしの個人的な見解を言わせてもらえば、政府を巻き込んだ重大な放送事故を起こした番組は即刻、打ち切るべきです。当然、番組のMCを務めた加藤浩次(小樽出身)の処分を検討する必要があります。いまだに番組が続いていること自体、放送局の見識を疑います。


4月29日の北海道新聞は、日本テレビの小杉社長が6月に札幌で開かれる北海道アイヌ協会の定例総会に出席し、「スッキリ」で放送されたアイヌ差別表現の経緯について説明することになったと報じました。もはや情報番組の不祥事の枠を超え、日本テレビという巨大放送局の足元を揺るがす事態に発展しているのです。


小杉社長
写真3(北海道アイヌ協会の6月の総会に出席し、経過を説明することになった小杉社長)


少数者を軽視することがいかに時代に逆行した行為なのか。これまで「世の中を甘くみるな」「なめるな」といったきつい言葉を発してきましたが、わたし自身、長年メディアの仕事に携わってきた者として自戒を込めたつもりです。同時に、日々、垂れ流されているテレビ番組に潜む危険性に対し、視聴者はもっと敏感になり、ときには批判的な目を向けなければならないと思います。


先日、NHKでこんな出来事がありました。
NHKは東京五輪の聖火リレーに同行し、特設サイトで生配信しています。この映像で音声が30秒間にわたり意図的に消され、番組に「空白」が生じたのです。


何が起きたのでしょうか。リレー8日目に当たる4月1日のこと。長野市から男性ランナーの走りを伝える映像で“事件”は起きました。トーチを手にした男性が拍手や声援を受けて走り出した直後、沿道の市民から「聖火リレー反対」「オリンピックはいらないぞ!」という声が聞こえてきました。その途端、音声はぷっつりと途切れたのです。


五輪反対
写真4(長野市内で「五輪反対」を呼びかける市民団体。NHKは音を消して対応しました)


沿道では10人ほどが五輪への抗議活動をしており、ハンドマイクを使って「五輪反対」「長野五輪で残ったのは借金と自然破壊だけだ」などと訴えていました。NHKはこうした市民の声を消し去ったのです。みなさんはどうお考えでしょうか。


わたしは、これまで少数者(弱者)の声を尊重することが民主主義の原点であると何度もお話ししてきました。それだけに、今回のNHKの消音措置については、納得できません。反対の声を含め、そのまま放送すべきだったのではないかと。NHKには誰の判断で、何を目的にして音を消したのか。丁寧な説明を求めます。ということで、わたしは最近、めっきりテレビを見なくなりました。