今年の夏頃から、話題になっている書展のイラストがあります。ポスターやチラシ、北海道新聞掲載の広告などに使われたこのイラストは、日本書壇を代表する2人の巨匠、金子鷗亭(おうてい)氏と中野北溟(ほくめい)氏が、筆を持ち、作品を制作している様子が描かれています。2人の表情は楽しそうな雰囲気です。書き始めている時の表情は鋭かったと思いますが、作品が書き終えると、緊張感が達成感に変わり、「今回は思うように書けたぞ!」という感じが伝わります。書道の大先生をイラストにするという大胆な発想には吃驚しましたが、よくできた作品です。立体感と動きがあります。作者は絵本「おばけのマール」シリーズで有名な札幌在住のなかいれいさんです。

 


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【写真】書展チラシ ポスターと同じデザインだ。

 

このイラストを見て、書とは立ちながら書くのかと思った方もいるでしょう。書は、着物や作務衣に着替えて、和室に大きな座卓を置いて、静寂の中、墨をすり、精神を高め、座りながら筆を運ぶといったイメージがありますが、このイラストのように立ちながら全身を使って筆を運びます。鷗亭先生は左手に墨をいれた皿を持っています。北溟氏の墨はどこに置いてあるのでしょうか。素人が筆を持つと、手や服が墨で汚れてしまうことがありますが、二人はさすが巨匠、まったく汚れていません。

 

そんなことを考えながら、この展覧会「詩文書の魅力 金子鷗亭と中野北溟」を見に道立函館美術館に行ってきました。10月8日から12月4日までの会期ですが、時間が取れず、ようやく終了前に駆け込んだ次第です。

 


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【写真】ブールデルの彫刻と紅葉、函館美術館玄関前。1116日撮影



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【写真】五稜郭公園前に設置された看板。同日撮影

 

道立美術館は開館当初から収蔵品に各館の特色を出しています。札幌(近代美術館)はガラス工芸やエコール・ド・パリ、旭川は木の作品、帯広はプリントアート、釧路(芸術館)は写真、そして、函館は書です。1986年に開館した函館美術館は開館当初から金子鷗亭記念室があり、いつでも鷗亭氏の作品を見ることができます。また、毎年のように鷗亭氏をテーマにした書展を開催してきました。道新文化事業社が運営に携わっている北海道書道展(北海道新聞社主催)も毎年巡回しています。

 

今年は「詩文書の魅力 金子鷗亭と中野北溟」を開催し、道内各地や道外の書道関係者や愛好者が来場しています。イラストに興味を持ち会場に足を運んだ若い人もいると思います。漢字とかなを調和させた近代詩文書の提唱者で、毎日書道展の創設に関わり、文化勲章を受章した金子鷗亭氏(19062001年、松前町生まれ)、氏から書号を贈られ、二度に渡る上京の誘いを断り、札幌を拠点に活動を続けてきた中野北溟氏(1923年焼尻島生まれ)、日本書道界の巨匠による初めての2人書展です。

 

展示作品は書展のタイトル通り詩文書が中心でした。「雨ニモマケズ」宮沢賢治の2人の作品、鷗亭氏の井上靖「交脚弥勒」などなど。漢字、かな書、篆(てん)刻という伝統書が中心だった書壇に、戦後、近代詩文書という書のジャンルを通して、新たな地平を切り開いたのです。鑑賞する私たちにとっても、日本語によるなじみやすい文学作品を題材したことによって書が身近になりました。私は字が判読できなく、釈文を読むことが多々ありましたが、一字一句がわからなくても、筆触や空間構成、その空間に表れた時間の痕跡により美の世界を堪能することができました。

 

詩文書のみならず、中国古典の臨書をはじめとする漢字作品、195060年代のモダンアート(抽象表現主義など)を思い起させる前衛書(北溟氏の作品「一」)も出品され興味を持ちました。

 

2人とも北海道の海辺で生まれ育ち、武士の家系(鷗亭氏の父は南部藩士、北溟氏の祖父は鳥取藩士)、四男、父親が婿養子、北海道教育大学の前身の師範学校で学んだという共通点があります。私が北海道書道展を通して仕事で書に関わるようになったのは2006年で、鷗亭氏とは面識はありません。しかし、北溟先生(ここからは氏でなく先生と呼ばせていただきます)とはお会いする機会が多く、携帯電話で連絡を取る事は少なくありません。99歳という年齢を感じさせません。

 

今回の書展では、以前見た作品も展示されていましたが、焼尻島がある羽幌町の中央公民館「北の北溟記念室」が所蔵する多くの作品を見ることができました。

一度、羽幌町に出向いてみたいと思っていたので、貴重な機会となりました。

数年前にある会合の2次会で、先生と同席することがありました。臨書は絵描きのデッサンと同じで日々継続すること、文字と余白のバランスによる空間を重視することなどを話された記憶があります。2次元という平面にいかに「個」を表現するのかということでしょうか。先生にとって書家と美術家の線引きはないようだと感じました。

 

この作品が展示されていたのかと思ったのが、「ひかりにうたれて花がうまれた」です。八木重吉の詩で、縦82㎝横152㎝の紙の中央部に書かれた2行の淡墨作品です。近づいて初めて文字が読めるような作品で、全体の余白がなんともいえません。先生の自室に飾っている作品で、展覧会と同時に出版した書籍に掲載されたロングインタビューでは、お気に入りの3作品のうちの1作品と話していました。

 

あとの作品は「わたしの耳は貝の殻」(ジャン・コクトー)と「夕焼小焼のあかとんぼ・・・」(三木露風)です。前者は60年の第1回北海道書道展の出品作かと思われます。後者は76年の日展特選作品です。

 

近い将来、二人の作品をまとまった形で札幌や東京で発表できないかと思います。その時は先生お気に入りの3作品を一緒に展示してもらいたいです。

 

この書展を企画、担当した函館美術館の村山史歩学芸課長と関口千代絵主任学芸員に賛辞を贈らせていただきます。

 

さて、金子鷗亭氏が創立し、現在北溟先生が最高顧問を務める創玄書道会の北海道創玄は12月6日から11日まで、札幌市中央区の大丸藤井セントラル7階スカイホールで、「北玄12人展」を開催します。今回で45回展を迎えるこの書展は鷗亭氏が北海道書壇の発展を希(こいねが)い創設しました。北海道創玄会員から選抜した12人の作品が展示されます。北海道書道展や毎日書道展、中野北溟記念北の書みらい賞などで評価を受け、今後の北海道書壇で活躍が期待される書家の作品を見ていただきたいと思います。




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【写真】北玄12人展の案内はがき

 

最後に、北溟先生の動画は北海道新聞電子版で見ることができます。

2010年に松前高校で撮影された動画です。イラストと同じシャツを着ています。かっこいいです。注意して視聴すると墨の置き場所がわかります。

https://www.hokkaido-np.co.jp/movies/detail/5292992768001

 


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参考文献 「詩文書の魅力 金子鷗亭と中野北溟」【写真】編集/北海道立函館美術館編集、発行/中西出版株式会社