彫刻家の岡沼淳一さんが亡くなって3年近く経ちました。先日、道立近代美術館学芸部長五十嵐聡美さんから岡沼さんの彫刻作品集が届きました。五十嵐さんは道立帯広美術館で展覧会「岡沼淳一・木彫の世界」をプロデュースし、岡沼淳一彫刻作品集刊行会の代表として作品集の編纂を進めてきました。

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【写真】岡沼さんの作品の魅力と人間性が伝わる作品集。A4サイズ、204ページ。

十勝管内音更町に住んでいた岡沼さんとは、年に1度、仕事で関わっていた全道展審査会の際に会う程度でした。昔、南4条西3丁目にマスコミや美術関係者が集まる七七屋という店があり、審査会1日目に行われていた会員懇親会の2次会で使っていました。七七屋が閉店した後は南5条西3丁目の直営千歳鶴に移りましたが、彫刻の会員や版画の渡会純价さんらが集まり、岡沼さんと渡会さんを中心に談論風発といった感じで楽しく飲んでいました。七七屋カウンター奥の小上がりで日本酒を飲んでいたことが昨日のように思い出します。

最後に会ったのは2019年6月6日、亡くなる1週間前のことです。ANAクラウンプラザホテル札幌で行われた会員懇親会の席です。岡沼さんは謙虚な方で大勢の人を前に自分のことを話すことは少なかったのですが、18年に帯広美術館と自身の工房で開催した展覧会や作品が美術館に収蔵されたこと、作品集の出版も決まり、自身の年譜を校正していることなどを話されました。大事業をやり遂げたという達成感が顔に表れていました。そして、表情を和らげ、審査会が終わったら、倶知安町に寄ってお孫さんと会うことを話していた記憶があります。7月31日、帯広駅前の洒落たレストランで行われた偲ぶ会には全道各地から多くの友人、知人が集まりました。ピアノの演奏から始まり、生前交友のあった方々のスピーチが続き、最後に娘さんの心温まる遺族代表謝辞を聞かせてもらいました。その後、全道展事務局長(当時)田崎謙一さんと帯広在住の全道展会員渡邉偵祥さんと3人で岡沼さんのことを話しながら痛飲しました。

その後の2年間は、新型コロナウイルス感染症の影響で、全道展は審査を実施することができない状況でしたので、岡沼さんが亡くなったという実感が持てません。岡沼さんは1975年から十勝川水系の川に埋もれていた楡(にれ)の木を素材に作品を制作してきました。毎年6月、札幌市民ギャラリーで開催される全道展ではその1年間の制作活動を全道展のために費やしたのではないかと言っても過言ではない佳品を発表してきました。楡の木と格闘しながら制作した作品はその大きさと重量もヘビー級ですが、日々の研鑽で培われた空間構成と素材を丁寧に仕上げる職人技は、圧倒的な存在感がありました(祖父は指物師だった)。壁面高7,5mの第1展示室に入ると岡沼さんの作品に目が向き、今年も岡沼さんは素晴らしい仕事をした、個の集団・全道展を代表する彫刻家だと感じたものです。

18年の帯広美術館での彫刻展は全道展出品作を中心に回顧展のように作品を展示していました。1点、1点は全道展で見ていましたが、まとまった形で作品に接すると、仕事のすごさが伝わりました。森の中で木々と対面しているような雰囲気がありました。厳しい十勝の自然の中で生命を終えた楡の木を芸術作品として復活-再生させたのです。近いうちにもう一度、近代美術館や芸術の森美術館、東京や関西の美術館で、多くの人に岡沼さんの偉業を紹介する機会が必要です。それまでは今回出版された彫刻作品集を通して、北海道の彫刻家(1944年函館市生まれ、66年から十勝管内在住)が、十勝の自然と格闘し、生み出した空間造形を多くの人と共有したいものです。

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【写真】75周年全道展会員・会友展(2021年6月)出品した「SLOOP INN」、高さ225㎝、2001年制作。同展作品集から複写。作品集には彫刻会員伊藤隆弘さんの追悼文が掲載されています。

岡沼さんは音更町をベースに制作活動をしたため、全国的な知名度はありません。奥様の病気のこともあり、全国公募団体の自由美術協会を退会し、道外での発表を控えていたようです。マスコミや美術雑誌が取り上げることも少なかった。しかし、5つの道立美術館(近代、函館、旭川、帯広の各美術館と釧路芸術館)が作品を所蔵しています。つまり、学芸員の評価が高いということです。道立美術館等所蔵作品データベースによると13作品が所蔵されています。https://artmuseum.pref.hokkaido.lg.jp/database

本作品集は83点の作品写真とその解説、『第74回全道展図録』に掲載された「感懐」などの本人の文章、五十嵐さん執筆の「岡沼淳一の75年」、前述した偲ぶ会遺族代表謝辞、年譜などのデータによって構成され、英文翻訳も掲載しています。多くの写真は帯広市在住の写真家戸張良彦さんが撮影しています。北海道発の世界に通用する美術書です。

第76回全道展は6月15日から札幌市民ギャラリーで始まります。岡沼さんの薫陶を受けた作家の作品が展示されることでしょう。

『岡沼淳一彫刻作品集』は道新プレイガイドで扱っています。定価3,300円(税込)。

なお、全道展交流紙ZEN 58号(2019年9月発行)に岡沼さんを悼む会員の声が寄せられています。同57号(19年3月発行)では展覧会の記事が掲載されています。(いずれも全道展ホームページからダウンロードできます。)http://www.zendouten.jp/history/

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【写真】初夏の森、2020年6月、ロードバイクで羊蹄山を1周した時に京極町で撮影。