例年に比べて早かった北海道の桜。桜が散って、各地で花が一斉に咲き始めました。
この季節、ロードバイクで石狩、空知、胆振へ花を見に行く予定です。午前4時前から空は明るくなり、早朝に新聞や本を読む機会が増えています。年をとると、照明器具よりも自然光で活字を読むのが楽です。
【写真】古都の桜、京都市東山区。

【写真】菜の花畑、樽前山を望む。南幌町。
さて、最近、私の手元に札幌で出版された2冊の書籍が届きました。いずれも読みごたえのある内容で、センスの良い装丁です。東京発信で全国に流通している書籍と遜色のない出来です。
1冊目はこのブログの前執筆者加藤利器さんの『赤いテラスのカフェから』です。ブログに連載した文章をベースに大幅に加筆、再構成されました。千葉県出身の加藤さんは、1979年に北海道新聞社入社、本社社会部、東京支社政経部、同外報部を経て、94年から4年間、パリ特派員。帰国後は経済部長、論説副主幹、東京支社編集局長、北見支社長を歴任、2019年から昨年6月まで道新文化事業社代表取締役社長を務めました。
私は数年前まで北海道新聞社事業局に在籍していましたが、事業局の先輩から、美術展の取材や作品借用などの交渉をはじめ、パリに出張した社員や学芸員たちの対応などでパリ在住時代の加藤さんに大変お世話になったと聞いていました。主催事業のフランス語コンクールでは審査員を務めるなど私と仕事上の接点もありました。19年に道新文化事業社の社長に就任し、ミュージカル「レ・ミゼラブル」公演などで一緒に仕事をしてきました。20年2月からのコロナ禍という創業以来最大の危機的状況の中で、社の最高責任者として、公演やプレイガイドのお客さんを第一に考え、同時に社員の安全を守ることに力を尽くしました。その期間、加藤さんと公私にわたるいろいろな話をしてきました。政治、歴史、文化の造詣が深く、社内外の交友関係が広い人です。ブログも1回の話ではなく、連載の形で話が展開していく、そのテーマに味があり、これは1冊の本として残すべきではないかと当時から思っていました(加藤さんには言ってはいなかったけど・・・)。
退任後は今年1月に札幌日仏協会の理事長に就任し、今後は特定非営利活動法人北の書みらい基金の理事も務めるとのことです。2か月ほど前にあった時、本を出版する話を聞き、やっぱり加藤さんらしいなあと思いました。
本書は赤で統一されたオープンカフェの写真で表紙が飾られ、一見するとパリのおしゃれなカフェを紹介した紀行集といった感じですが、「フランスとアイヌの人々をつなぐ思索の旅」というサブタイトルが示す通り、北海道のジャーナリストがフランスを通して、思索した事柄が、記されています。専門的なことを扱っているのにもかかわらず、エッセイのような文体で、歴史、思想、人権について、読者に語るように書かれています。まるで良質なタピストリーを織り出している感じです。
【写真】『赤いテラスのカフェから』
パリ・シャンゼリゼ通り34番地のカフェマドリガル(赤いテラスのカフェ)から旅は始まり、「夷酋列像」が発見されたフランス東部の街ブザンソン、その作者である蠣崎波響を生んだ最北の城下町松前、2つの街を結ぶ謎解きをはじめ、18世紀から現代までの北海道のアイヌ民族とフランスとの関係を記しています。そして、その根底にはフランスが長い歴史の中で権力と戦い、育てあげた人権意識の高さに触れています。
加藤さんは取材を通して政治、学術、文化関係のVIP級の人たちと会っています。そうした人との関係があってからこそ、本書のテーマである「人権」を書くことができたと思います。
ファッション、デザインはもとより、デリダ、ドゥルーズ、フーコーらの現代思想、印象派からシュルレアリスム、ダダイズム、アンフォルメルと展開した現代美術、ヌーヴェル・ヴァーグ(映画)などフランス文化が世界をリードしてきました。モダンジャズを白人世界で受け入れたのもフランスが最初だと言われています。これらの文化の担い手になったフランスの人には、旧植民地出身者をはじめとする外から移住した人が含まれています。既存の枠には収まらない文化、芸術の受容には「人権意識」が基底にあったからだと考えます。だからこそ、これらの運動が世界に共通する文化として広まったのではないでしょうか。
フランス革命から2世紀半、ジョン・レノンとオノ・ヨーコが『イマジン』を発表して半世紀が過ぎた2022年、人権を抑圧し、権力を握った者が世界を左右している状況の中で、アイヌ民族の住む北海道とフランスの関係を記した本書を読んでいただきたいと思います。
感染症の影響で海外旅行は難しい昨今、「ふらんすへ行きたしと思へ どもふらんすはあまりに遠し」(萩原朔太郎)となった現在は「せめては新しき本を開いて きままなる旅にいでてみん」です。
加藤利器著『赤いテラスのカフェから』は道新プレイガイドで取り扱っています。A5版サイズ170ページ。発行元共同文化社。販売価格1800円(税込)。
【写真】そろそろ藤の季節です。庭(北広島市)の藤棚。