4月になりました。北海道新聞本社1階の道新プレイガイドでは先月から来客数が伸びています。バンクシー展やフェルメールと17世紀オランダ絵画展、第3回さっぽろ落語まつり、山崎育三郎 LIVE TOUR 2022などのチケットを買い求める方が来店し、時間によっては列をつくることもあります。雪が消え、気温も高くなり、外に出て、展覧会やコンサート、落語を楽しみたいという市民が増えているのでしょうか。
東京でBANKSYを見てから、この1か月間、けっこう展覧会に足を運んでいます。国立新美術館のメトロポリタン美術館展、森美術館のChim↑Pom展、京都市京セラ美術館の森村泰昌ワタシの迷宮劇場、道立近代美術館の山口南艸の書とわか葉会門流展といったところです。
Chim↑Pom(アーティスト集団の名称)と森村泰昌の両展は、BANKSYを見た後かもしれませんが、改めて、日本の現代美術の評価が高まりました。いずれも「ここまで表現していいのか」と感じるほど刺激的な内容でした。知名度ではBANKSYに及びませんが、そのコンセプトと行動はBANKSYの上を行っています。BANKSYはネズミを壁に描きましたが、Chim↑Pomは渋谷センター街でネズミを捕獲し、それを動画の作品とします。さらにネズミを人気キャラクターそっくりなはく製作品に仕立て上げます。Chim↑Pomは美術手帖4月号で特集を組み、日本経済新聞や北海道新聞など新聞各紙に講評が掲載されました。

【写真】美術手帖4月号表紙から

【写真】森村泰昌 ワタシの迷宮劇場 ポスターとして使えるチラシ
日本の現代美術はもっと知られてほしい、理解されてほしいと常日頃から思います。作家サイドが、BANKSYのように大衆性(POP)を戦略の1つに加えることや、メディアサイドが評論家でなく、コンサートのプロモーターのような発信を考えることが必要だと思います。そして、鑑賞者は作品1点1点を順番に見るといった従来の「美術の見方」から脱却しなければなりません。これはバンクシー展を見る場合も同様です。

【写真】 ヤノベケンジ SHIP’S CAT(Muse) 大阪中之島美術館芝生広場
隣の青森県では北海道以上に現代美術を親しむ環境があるようです。県立美術館(青森市)と十和田市現代美術館に加え、近年オープンした弘前れんが倉庫美術館、八戸市美術館では現代美術の収蔵、展示に力を入れています。現代美術に興味ある人たちが青森県を旅行し、経済の活性化に寄与することや県民が美術に接することにより、多様な価値観を持つことができるのではないでしょうか。特に子どもたちが美術に親しむことで個性と創造性を育むことは、人口減に苦しむ地方にとって大切なことです。これは瀬戸内海の島々や新潟県魚沼地方で成功を収めている現代美術のイベントにも当てはまります。

【写真】十和田市現代美術館前の広場に設置されている草間彌生の作品。作品に触れることができる。2012年11月撮影。

【写真】奈良美智(弘前市出身) あおもり犬 青森県立美術館 高さ8m以上の巨大作品 2012年11月撮影。

【写真】雪が積もった時の様子。2014年12月撮影。
残念ながら、北海道は青森県に比べ、出遅れているようです。でも道内の美術館の学芸員は優秀です。若い作家も育っています。優秀な学芸員や若手作家の力をもっと発揮できるような公的、民的な支援が必要でしょう。
その北海道の美術の話題です。新年度(2022年度)の北海道立近代美術館の展覧会スケジュールは近年にないほど充実したラインナップになっています。4月22日からいよいよフェルメール展が始まります。フェルメールの作品の北海道初公開だと思っている方がいますが、実は同美術館で1984年7月21日から9月2日までの会期で開催した「オランダ絵画の黄金時代:レンブラント、フェルメールとマウリッツハイス王立美術館展」で「真珠の耳飾の少女(青いターバンの少女)」と「ディアナとニンフたち」の2点展示されています(ホームページ・国立新美術館およびフェルメール絵画美術館から確認)。ブームになるはるか前で、大きな話題になっていなかったと思います。それでも北海道で38年ぶりに、平成以降初で、フェルメールの作品が展示されることは喜ばしいことです。長年隠されていたキューピッドが現れた「窓辺で手紙を読む女」をはじめ、レンプラント、メツー、ファン・ライスダールなどドレスデン国立古典絵画館所蔵の名品約70点が展示されます。6月26日までの会期です。

【写真】フェルメール展パンフレット-見開きでデザインが素晴らしい。記念になるかも。
フェルメール展の後、同美術館ではオランダ・ライデン国立古代博物館所蔵古代エジプト展(7月10日~8月21日)、国宝・法隆寺展(9月3日~10月30日)と話題の展覧会が続きます。久しぶりのエジプト展、そして法隆寺展ではなんと中宮寺の国宝・菩薩半跏思惟像が出品されるとのことです。いずれも10万人以上の入場者を記録するのではないかと察します。感染症によって以前のように道外、海外へ旅行ができない状況ですが、札幌で国内外の至宝を見ることができるのはまたとない機会でしょう。
私は学生時代から40年以上、美術館に通っています。この経験から、みなさんにアドバイスをします。
①当日券でなく、前売り券を購入することです。料金が安いというメリットがあります。そして、当日券を買う手間が省かれます。前売り券だと早く入場できます。②できるだけ、オープン日直後の平日に見に行くことです。人気のある展覧会だと土日や会期後半は混みます。作品を見るのが大変だし、人混みで疲れてしまうことが多々あります。③閉館時間の1時間ないし90分前に入場することです。閉館時間に近くなると混雑度が緩和されます。④前から1点1点と順番に見ると混んでいる場合はなかなか前に進みません。後半の展示部分や人があまりいない展示の場所から見ることや目玉の作品は後で閉館時間間際に見ることです。⑤事前にホームページにアクセスして展覧会の内容を予習すること。展示構成を把握し、各テーマに作品が展示されているのか知ることです。また、主催者挨拶パネルなどはいちいち読まずにすぐ作品の前に行くことです。同じ料金を払うなら、自分なりに見やすい環境で鑑賞すべきでしょう。
道新プレイガイドや札幌市民交流プラザチケットセンターでは展覧会の前売り券を扱っています。道新文化事業社の社員が対応していますので、お得な前売り券を購入してください。
最後になりますが道立近代美術館は14日から「日本画家羽生輝展 悠久の岬を望む」が始まります。6月26日まで。羽生輝(はにゅう ひかる)さんは東京生まれで、子どもの頃に釧路市に移り、教師を務めながら、創画会を中心に作品を発表、現在も釧路市で制作を続けている日本画家です。教え子にはスケート選手だった岡崎朋美さんがいるとのことです。20年ほど前には北海道新聞の連載小説「海霧」や釧路新聞で再連載された「挽歌」の挿絵を担当するなど北海道を代表する美術家の1人です。挿絵は作者の原田康子さんのご指名だったと聞いています。
日本画3大公募展(院展、日展、創画会)で唯一の道内在住の会員となり、昨年は北海道文化賞を受賞しました。花鳥風月や人物、歴史画を題材としてきた日本画の伝統に対し、羽生さんは道東の海岸や漁村の風景を中心に描いてきました。独特の線と色彩(日本画の顔料に自分で他の素材を混ぜることもあるらしい)により、今までの日本画では表現できない作品を制作してきました。道東の厳しい気候とその空気、人の営み(作品に人が描かれることはほとんどない)が作品を通して伝わってきます。

【写真】羽生輝展図録表紙
展覧会は昨年秋、道立釧路芸術館で開催し、引き続き、札幌で巡回する予定でしたが、会場の都合で延期になっていました。道新文化事業社もこの展覧会の協力者としてクレジットされています。釧路、オランダ、エジプト、斑鳩(いかるが)の旅を展覧会で体験してください。
前述した展覧会の詳細は道立近代美術館ホームページでご覧ください。