東京2020、侍ジャパンの金メダルです。稲葉監督、近藤選手、伊藤選手の活躍は北海道民にとってうれしい出来事でした。そして、オリンピックで中断していたプロ野球公式戦が8月13日から再開します。北海道日本ハムファイターズのシーズン後半戦に期待します。

 

道新文化事業社は、この7月、2年ぶりに旭川と帯広でファイターズ戦3試合を主催し、いずれもファイターズが勝利しました。旭川・スタルヒン球場での2連戦(7月6、7日)は天候不順のため、試合ができるのか不安でした。特に7日の試合はプレイボール後に降雨、途中で一時中断するなど、雨に濡れながらの試合となりました。わが社の担当社員はずぶ濡れです。その状況で、さらに新型コロナウィルス感染症の影響で応援がきちんとできなかったのにもかかわらず、熱心に観戦したファンの皆さんには感謝します。

 

昨年は当初予定していた旭川、帯広の試合が感染症の影響で実施できませんでした。今年はイベント開催条件として入場制限があり、旭川では外野席を使用しませんでした。帯広は例年自由席としている外野席の入場者数を減らして指定ゾーンとしました。内野席は椅子があるので、収容人数50%以内の制限に対応することが容易ですが、外野は芝生のため、指定ゾーンを設定するのは大変です。当社の担当者は球団や球場関係者と綿密な計画を立て、入場券発売前までに現地ロケハンを行い、外野席を設定しました。これはコロナ禍により増えた業務の一つです。

道新文化事業社は1973年の創立以来、プロ野球セ・パ両リーグの公式試合を主催していました。球団では日本ハム、ロッテ、オリックス、ヤクルト、広島などですが、特にヤクルト、日本ハムとは、札幌・円山球場でほぼ毎夏、公式戦を行っていました。日本ハムファイターズの北海道移転(2004年)後、2006年のヤクルト-広島戦を釧路、帯広で開催したのを最後に、ファイターズ戦のみで函館、旭川、釧路、帯広で開催してきました。

1977年日本ハム阪急戦チラシ (2)


1977年の日本ハム対阪急3連戦(札幌・円山球場)のチラシ

最近、社の資料を調べていたところ、1977年の日本ハム対阪急3連戦
(札幌・円山球場)のチラシ(フライヤー)を発見しました。40年以上も前の印刷物です。「阪急」、「円山球場」、「ダブルヘッダー」と若い社員が知らない言葉が並んでいますので説明が必要です。

 

1.阪急ブレーブス
現在、阪急という球団は存在しません。兵庫県西宮市の西宮球場をホームとした阪急ブレーブスは1988年11月にオリエント・リースに経営譲渡、翌年オリックスに名称が変更します。2004年に近鉄バッファローズと合併が発表され、翌年05年からオリックスバッファローズとしてシーズンを迎えます。この年に楽天イーグルスがパ・リーグに参入しました。本拠地も91年にグリーンスタジアム神戸(現在のほっともっとフィールド神戸)に移ります。それまでの西宮市は甲子園(阪神タイガーズ)と西宮の2つのフランチャイズ球場があったのです。
私の世代(1960年生まれ)では阪急と聞くとジャイアンツV9時代(1965年~73)の日本シリーズを思い出します。V9時代のジャイアンツは日本シリーズで5度阪急と対戦しましたが、阪急は日本シリーズを制覇することはありませんでした。ちなみに西宮球場は村上春樹原作の映画「風の歌を聴け」(大森一樹監督、1981年公開)のロケで使われ、小林薫と巻上公一(ヒカシュー)がビールを飲んでいました。V9時代のパ・リーグは阪急、近鉄、南海(現ソフトバンク)、西鉄(現西武)の4球団が私鉄関係でした。セ・リーグで阪神があり、関西では京阪以外の大手私鉄が球団を持っていたのです。

 

2.円山球場

札幌ドームができる前は北海道のプロ野球のメッカは円山球場です。もちろん当時も今もナイター設備はありません。今の円山球場は高校野球の会場ですが、当時は円山球場=プロ野球、中島球場=高校野球でした。中島球場は1980年まで存在していました。中島公園に球場があったことを知らない人も増えていると思います。中島公園にはさらにスポーツセンター(コンサートも開催していた)50メートルプールもあり、さらにジェットコースターを備える遊園地もありました。まさに札幌の「水道橋」です。

 
試合が行われた1977年は前年に地下鉄東西線路白石-琴似が開通し、アクセスが改善されました。

 

3.ダブルヘッダー

1日2試合を開催することです。Wikipediaによると日本のプロ野球公式戦では1988年10月まで行われていたとのことです。チラシではシングル(1試合)の特別席は1,800円、ダブルヘッダーは2,200円とあり、お得な料金です。1日2試合、観客は野球三昧の1日です。見る方は楽しいかもしれませんが、選手たちは大変です。特にキャッチャーの疲労感はどのような感じだったのでしょう。さらに運営する方はどんな状況だったのでしょうか。一度、会社のOBに当時の様子を尋ねてみたいと思います。多分、現場担当者の集合時間は午前4時前後だったのでしょう。そして、昼からビールを飲んで観戦するファンもいたはずです。酔客の対応で苦労していたのかもしれません。

ダブルヘッダー終了後、選手たちが飲んだビールはさぞ美味しかったのに違いありません。涼しい北海道の試合、観客も選手も楽しみにしていたと思います。
以上、40年以上も前のチラシを眺めて、いろいろと考えてみました。ちなみに試合結果は7月30日1-2、31日第1試合2-7で阪急が勝利、第2試合は17-1で日本ハムが大勝しました。監督は就任2年目の大沢啓二でした。

 

感染症の影響はまだまだ続くようです。来期シーズンは以前のように多くの人と声援ができるように祈ります。

 
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コロナ禍以前のファイターズ戦の様子(2018年、帯広の森野球場)