世は活字離れが叫ばれていますが、新聞記者を志し、その夢をかなえた者としては、実に活字にどっぷり浸った日々を過ごしてきました。手元に新聞や本がないと落ち着かない。職業病? “活字症候群”? そうかもしれません。


北海道新聞に入社した40年ほど前、記者になるための「必読3冊」というものがありました。若い方たちはそのタイトルを知らないでしょう。しかし、いまなお書店で入手できます。時代が変わっても「必読の誉」に変わりはありませんので、ぜひ紹介しようと思います。


その題名と著者は次の通りです。①「マッハの恐怖」(柳田邦男著)②「木村王国の崩壊」(吉田慎一著)③「原発ジプシー」(堀江邦男著)


いずれもジャーナリズムの世界で主流になりつつあったノンフィクション+ルポルタージュの手法の先駆けとなった作品です。


「マッハの恐怖」はかつて、国内外で多発した航空機事故をテーマに据え、高度成長期の日本社会を描きつつ、原因究明に迫った渾身のノンフィクションです(大宅壮一ノンフィクション賞受賞)。みなさんは1966年2月4日、千歳から羽田に向かった全日空のボーイング727型機が着陸寸前、東京湾に墜落して乗員乗客133人が全員死亡した事故をご存知でしょうか。さっぽろ雪まつりで訪れた多くの観光客が犠牲となり、世界最大の墜落事故として人々を震撼させました。



全日空事故
写真1(千歳発羽田行き全日空機が墜落し全員犠牲になりました。1966年のことです)


柳田さんは当時NHKの社会部記者で、こうした航空機事故の取材に当たりました。現場の臨場感と分析力は、いま読み返しても息を飲みます。その後、医療分野などへとフィールドを広げ、84歳の現在も執筆活動を続けています。


2作目の「木村王国の崩壊」は福島県政汚職を暴いた朝日新聞の世紀のスクープでした。1970年代、4期目を迎えていた福島県の木村守江知事の公共事業発注をめぐる大規模な収賄事件の調査報道です。木村氏は東京電力の福島原発を誘致した人物でもあります。福島県にはふたつの地元紙(福島民報、福島民友)がありますが、この汚職事件は朝日の報道が不正を暴き、県政に君臨した木村氏を権力の座から引き擦り降ろしたのです。



福島原発
写真2(福島に東京電力の原発を誘致したのも木村氏が県政を仕切っている時代でした)



日本新聞協会賞を受賞した本作は、マスコミ志願者の手引書となりました。スクープに懸ける記者の執念と使命感を目の当たりにしたわたしは、「いつかきっと…」と誓ったものです。残念ながらこうした世紀のスクープには遭遇しませんでしたが(笑)。


3作目の「原発ジプシー」も、ノンフィクションの金字塔と賞賛を集めました。「ジプシー」という言葉は現在、差別語に指定され、公には使用できませんが、全国の原発を渡り歩く労働者の実相を表現する言葉として、ずしりと重い響きを持ちます。堀江さんは東日本大震災で世界最悪レベルの事故を起こした東電福島第一原発でも就労し、本作ではその経験を踏まえ、ずさんな放射線管理に基づく被爆の労働実態をあぶりだしています。


原発ジプシー
写真3(原発労働者の実態をルポし、ずさんな放射線管理を告発した「原発ジプシー」)


この本は発表直後から、原発推進派と電力会社から目の敵にされ、袋叩きに遭い……政治的な圧力も加わって絶版に追い込まれました。しかし、告発通り、事故は起きたのです! 東日本大震災を契機に復刊を遂げ、文庫本にもなりました。真実は葬り去ることはできない。福島の惨状を予言した作品は、最も優れたルポルタージュのひとつだと確信します。


3冊の必読書を挙げましたが、当初、義務感で手にしたわたしは読み進むにつれ、その圧倒的な取材力に胸が震えたのを忘れません。コロナ禍の閉塞的な時代にこそ、多くの人が手にし、思索を深めるきっかけとしたいイッピン(逸品)です。


報道の現場に身を置いて42年がたちました。最後の2年間は、こうして道新文化事業社の仕事に携わる機会を得ました。これからもずっと、権力とはディスタンスを保ちながら、真実を探る日々を送っていきます。今回で筆を置くお約束をしましたが、最後にもう一回だけ、ある作家の話をさせてもらって幕を閉じたいと思います。お許し下さい。



沢木耕太郎
写真4(テロルの決算、深夜特急…。沢木耕太郎さんの作品から大きな影響を受けました)


その作家とは……。同時代を生きてきたノンフィクションライターの沢木耕太郎さんです。優れた作品の数々は常にわたしの手本であり続けてきました。その中から、「テロルの決算」「深夜特急」「流星ひとつ」、そして「オリンピア1996 冠(コロナ)」の4作品にスポットを当てて大団円へ…との覚悟です。