松前藩家老・蠣崎波響の筆になるアイヌ肖像画の連作「夷酋列像」は「松前の宝」と称されてきました。長く行方不明だったその「宝」が、フランス東部のブザンソン美術館に眠っていたことが明らかになったのは1984年のことです。あまりの突然の出来事にナゾは深まるばかり。日本は勿論、フランス側でもナゾを解く調査・研究が行われてきたのです。


ブザンソン大通り
写真1(ブザンソンの歴史を映すグラン・リュ=大通り=。時の流れにまどろむようです)


前回、わたしが「犯人」の一人に想定したメルメ・カション神父もその調査対象に浮上し、興味深い新事実が明らかになったと書きました。どんなことが明らかになったのでしょう。


メルメ神父は1828年、ブザンソン郊外のブーシュウ村に生まれ育ちました。24歳でパリに出て宣教師を養成する外国宣教会神学校に入学します。ここで司祭(神父)の資格を得たことで、日本への伝道の旅が始まります。初めて足を踏み入れた琉球で日本語をマスターし、江戸で宣教師兼通訳として活躍。箱館には1859年から4年間滞在して、カトリック元町教会を建立したことも紹介しました。


一方で、ブザンソン美術館に目を向けると、「夷酋列像」が収蔵目録に掲載されたのは1933年でした。美術館には地元の篤志家から美術品が寄贈されることがあります。寄贈者は美術館の寄贈者リストに名を刻み、後世に名を残すことになります。実は、調査の結果、メルメ神父とパリの神学校で共に学んだ宣教師の兄弟が、ブザンソン美術館の寄贈者リストに名前を残していることが判明しました。しかもこの兄弟はブザンソン出身でした!



ブザンソン美術館
写真2(「夷酋列像」が長く眠り続けてきたブザンソン美術館。いつ、だれが、どのように?)


これは何を意味するのでしょうか。推測の域はでませんが、メルメ神父が夷酋列像を松前から持ち返ったと仮定して、それを神学校で学んだ同郷の同窓生に託したのではないか。何らかの理由で、正式な寄贈手続きを経ることなく、美術館の屋根裏部屋に持ち込まれて放置されたのでは? きちんとした手続きを取らなかったのは、「盗品」だったからか…。再び、いくつもの疑問が沸いてきます。


美術館では、当時の館長自ら、神父の生地を訪れ、縁者を探し、足跡を伝えるものを徹底的に調べ上げたといいますが、結局、徒労に終わったといいます。


メルメ神父は箱館から江戸へ。宣教会の許可を得ないまま突如帰国しました。なぜ逃げるように日本を去ったのでしょう。パリ万博で通訳として活躍したのを最後に音信は途絶え、神父の職を捨てて南仏で死んだのはなぜでしょう。神父が生まれたような田舎では、聖職を捨てるのは神を冒涜する行為であり、村にとっても一族にとっても恥ずべき人間として、記録からも抹消されたのではないか。生地に彼の痕跡が何も残っていない理由を、ブザンソン美術館の関係者はこう推測します。


蝦夷地とアイヌ、ブザンソン。この3点を結ぶ有力な接点の追跡は中断し、ナゾの中に沈んでいきました。「夷酋列像」を描いた蠣崎波響も実に謎の多い人物です。彼自身、人生において二度と、アイヌ民族を描くことはありませんでした。これも永遠の謎です。


ブザンソン街並み
写真3(中世期から続く古都ブザンソンの旧市街。レンガ造りの街並みが印象的です)


夷酋列像に端を発し、蝦夷地とフランスを繋ぐ長い旅を続けてきました。なぜ夷酋列像はフランスの地方都市ブザンソンで発見されたのか。だれが作品を持ち出したのか。12枚ある肖像のうち1枚(イコリカヤリ)だけが欠落しているのはなぜなのか。その1枚はどうなったのか(日本で紛失したのか、それともフランスに渡ってから失われたのか?) ナゾは果てしなく続きます。このナゾは解き明かされないかもしれません。しかし、アイヌの肖像画がわたしたちに大きな夢を与えてくれたと考えれば、永遠の楽しみと希望が保てます。


いまから6年前の2015年、北海道開拓記念館(札幌市厚別区)が「北海道博物館」と名称を変えてリニューアルオープンしました。その記念特別展として、ブザンソン美術館の「夷酋列像~蝦夷地イメージをめぐる人・物・世界」と題した、大掛かりな展覧会が開かれました。その盛況ぶりは、夷酋列像に寄せる道民の深い思いを映しているようでした。


夷酋列像
写真4(北海道博物館の新装オープンを記念して「夷酋列像」の特別展が開かれました)


会場には、ブザンソンから11点の“本物の夷酋列像”が並びました。わたしも、現地で初めて「対面」して以来、実に20年ぶりに作品の前に立ちました。鮮やかな色彩と微細な線に及ぶ見事な写実性に息を飲みます。描かれたアイヌの長老たちの深い知性、勇気をたたえる風格、和人に虐げられてきた民族としての悲しみ…。思わず涙腺が緩んだことが忘れられません。


今回で終えようとした夷酋列像を巡る旅。少し書き残した感があり、もう1回頂いて、締め括ろうと思います。