わたしがフランスの地方都市ブザンソンでアイヌの肖像画「夷酋列像」を目にしたのは1997年の冬のことでした。ブザンソンに蠣崎波響の作品が眠っているとの道新の報道から13年。道内の美術館関係者や研究者が現地を訪れ、調査活動に入るなど、交流が活発化する中、ブザンソンの博物館が所蔵する西洋絵画の代表作を帯広と函館の両道立美術館で展示する計画が進み、その事前取材で訪れたのがこの年だったのです。


夷酋列像は一般展示されておらず美術館2階の特別収納室に大切に保管されていました。女性館長の案内に従い、手袋を着用して夷酋列像11点と「対面」した日のことがいまも鮮明に記憶に残っています。江戸末期、松前藩の絵師、蠣崎波響が描いた作品が時空を超えてブザンソンにある。その不可思議を思い、一点、一点、食い入るように見入ったのです。じっと目を凝らして画布を見ると、いくつもの驚きがありました。


夷酋列像
写真1(日本で夷酋列像の展覧会が実現した2016年、ポスターに使われたイラストです)


夷酋列像がブザンソンに保存されていることを報じた道新の浜地隼男特派員はこう記しています。<発見されたのは波響が描いた12点のうち11点(1点は欠落)。絵はそれぞれ縦45・5㌢、横36㌢の軽い木枠に張られた絹地に描かれている>

わたしの最初の驚きは、夷酋列像の作品の「小ささ」でした。わたし自身、勝手に大きな肖像画を想像していたため、ガラスケースの上に慎重に並べられた11点を前にして、そのサイズにびっくりし、逆に絵がぐっと身近なものに感じられたことが忘れられないのです。

夷酋列像をご覧になったことのない方も多いと思いますので、まずは作品を見ていきましょう。ただ、ブザンソンで発見された11点をすべて紹介するとなると、紙幅を取りますので、ここでは3点を選んで、じっくり紹介したいと思います。

描かれた12人はいずれも寛政元年(1789年)、クナシリ・メナシ地方のアイヌの人々が和人の過酷な搾取に耐えかねて蜂起した「クナシリ・メナシの乱」の際、松前藩に協力して鎮定に功績を残したアイヌの長老たちです。これはすでにお話ししました。


クナシリメナシの乱
写真2(根室ではクナシリ・メナシの乱で犠牲になった人々の供養祭が毎年開かれています)

アイヌの大蜂起が起きたのはちょうど、フランス革命が勃発した年に当たります。絶対王政を打倒するヨーロッパの大衆のうねりと呼応するかのように、ここ蝦夷地でも抑圧されたアイヌが蜂起したのです。歴史の偶然、いや必然なのでしょうか。夷酋列像が、いまフランスに在る現実と重ね合わせ、不思議な因縁に駆られます。

肖像画に描かれた12人の名前は通常、カタカナで表記されます。全員を列挙してみましょう。マウタラケ、チョウサマ、ツキノエ、ションコ、イコトイ、シモチ、イニンカリ、ノチクサ、ポロヤ、イコリカヤニ、ネシコマケ、イコトイの母親でツキノエの妻のチキリアシカイ。これで12人です(唯一の女性であるチキリアシカイの肖像画は前回、写真を掲載しました。確認してみてください)。

このうち「イコリカヤニ」だけが存在しておらず、計11点です。なぜこの1点が欠落しているのか。夷酋列像がブザンソンで発見されたこととあいまって、いまなお解明されていません。


イコトイ
写真3(夷酋列像の中でひときわ目を引くイコトイ。11人の中で最も若い指導者です)

それでは、肖像画に描かれたアイヌのうち、イコトイとツキノエ、ションコの3人について解説してみます。まず、最年少のイコトイ(1759年?~1820年)です。イコトイはアッケシ(厚岸)の首長で、クナシリ・メナシの乱が起きた時は30歳だったと推定されます。年長のツキノエ、ションコとともに、反乱を企てたアイヌたちをノッカマップ(現在の根室)に集めて取り調べを行い、戦いの終息に関わった中心的人物だったのです。

この絵を見てください。イコトイは片手に長い槍を手にしいます。立派な体躯。纏っている豪華な衣装は蝦夷錦と呼ばれる絹織物です。これはアイヌがロシアや中国との交易によって手に入れたものです。イコトイが蝦夷錦の上に西洋の服を思わせる赤い上着を羽織っているのが分かりますか。この上着には西洋絵画を思わせる陰影法が使われています。蝦夷地の最果て厚岸に当時、大陸から豊かな文化が伝わっていた! 鎖国状態の日本にあって、「北のシルクロード」(あらためてお話しします)が存在していたからです。


蝦夷錦
写真4(蝦夷錦が中国・ロシアから伝わったルートは「北のシルクロード」と呼ばれます)

イコトイは、江戸時代中期、幕府の命を受けて北方を調査した探検家・最上徳内(1754~1836年)をエトロフ・ウルップ両島に案内したことでも知られます。有能かつ勇敢な若き指導者。その肖像画からそんな人物像が浮き立ちます。わたしがブザンソンで初めて目にした作品の中で、最も目を引いたのがイコトイでした。