秋の夜長に読書をいそしんでいる方も多いことでしょう。どうか、睡眠不足にはご注意を。
さて、前回、わたしはオホーツク地方の地域FM局に出演した際、リスナーに2冊の本を紹介したと書きました。紙幅がなく、1冊を取り上げて終わってしまったので、今回はその続き。もう1冊についてお話ししようと思います。

わたしが取り上げたのは、いずれもアイヌをテーマにした大作で、前回は船戸与一の「蝦夷地別件」について書きました。そして、もう一作です。若い世代で、この作家の名前知っている人は少数派? いわんやこの作品に至っては…。どうでしょうか。

題名を「森と湖のまつり」と言います。小説の舞台は釧路管内標茶町のシラルトロ湖(ここを訪れた人も数少ないのでは)。作者は、戦後文学を代表する小説家のひとりである武田泰淳(たけだ・たいじゅん)です。作品が発表されたのは1954~58年。月刊誌に25回にわたって連載された、と聞くと、「まだ生まれていなかった」と驚く人がいるかもしれません。


シラルトロ湖
写真1(釧路管内標茶町には釧路湿原最大の塘路湖とシラルトロ湖がひっそり息づきます)

船戸の「蝦夷地別件」を紹介した際、わたしは、アイヌ民族とこれほどまでに正面から向き合った文学作品を、ほかに知らないと書きました。では、この「森と湖のまつり」についてはこう表現します。「アイヌと和人のディープな恋愛を描き言った作品は先例がない」と。


武田泰淳
写真2(「森と湖のまつり」の作者・武田泰淳。その名前を知る人も少なくなりました)

作品に触れるまえに、少し寄り道をさせてください。みなさんは札幌に「北の映像ミュージアム」という博物館があったのをご存知でしょうか? 「あった」と過去形で書いたのは、博物館は運営が難しくなり、現在、規模も機能も大幅に縮小して、市内の別の場所に移転したからです。

ミュージアムは北海道をロケの舞台とした映画やTVドラマ、ドキュメンタリーなどの映像と関連資料を収蔵・展示する施設です。みなさんご承知の通り、北海道は全国有数の映画のロケ地です。北海道ゆかりの名作は数え切れないほどあります。こうした貴重な財産を後世に引き継ぐことを目的に、2003年にNPO法人が設立され、大事な名画が守られてきたのです。


映像ミュージアム
写真3(名画を紹介する北の映像ミュージアム。設立には多くの映画ファンが尽力しました)

北海道を舞台にした映画というと、みなさんはどんな作品を思い浮かべますか。印象に残る俳優は? きっと多くの人が高倉健を想起し、主演したタイトルが次々と出てくることでしょう。「網走番外地」に始まり、夕張を舞台にした「幸福の黄色いハンカチ」、幾寅駅(南富良野町)で撮影された「鉄道員(ぽっぽや)」、増毛を一躍有名にした「駅 STATION」。「遥かなる山の呼び声」は中標津がロケ地です。どれも懐かしいですね。今回取り上げた武田泰淳の「森と湖のまつり」も高倉健主演で映画化されたのをご存知ですか?


高倉健
写真4(高倉健が主演した「森と湖のまつり」。標茶町の湖畔が撮影舞台となりました)

1958年に上映された作品の監督は内田吐夢(うちだ・とむ)。主人公のアイヌ青年を高倉健が演じ、香川京子、中原ひとみなど往年の名女優が出演しています。上映からすでに62年が経ちます。配役の顔ぶれをみて記憶に蘇る人がいれば……幸いです。

この映画は言うまでもなく、武田泰淳の小説を忠実に映画化しています。高倉健が演じる青年と、旅で訪れた女流画家(香川京子)の葛藤を中心に、滅びゆくアイヌの姿が描かれていきます。本作の凄さをひとことで言えば、貧困や和人への同化といったアイヌを取り巻く現代的なテーマが実にさりげなく、蔑むことなく、自然に描写されている点にあります。アイヌを美化することもありません。


森と湖のまつり
写真5(「森と湖のまつり」はベストセラー小説。手に入らない人は地元の図書館へ)

小説が出版するやすぐさま、時の名優を起用して映画化され、ファンを喜ばせたことを思うと、アイヌへの向き合い方は現代より、ずっと自由で開かれていたと言えます。

では、竹田泰淳はなぜ、アイヌの世界に開眼したのか。それは、武田が短い期間ではありますが北海道で暮らした経験を持つからです。その体験こそが、作家に、アイヌの豊かな文化を認識させ、小説へと昇華させたのです。

作品の世界をより深く理解するには、道東を旅することが欠かせません。阿寒、屈斜路、摩周。さらにもう一歩、東へ。塘路、シラルトロ。釧路湿原に開けたその湖畔に立つと、わたしたちはアイヌの魂に触れ、心を激しく揺さぶられるのです。