平和憲法を考える長い旅を続けてきました。改憲を声高に叫ぶ安倍晋三首相とは距離を置きたいとの思いもあって始めた旅。その首相が突然、潰瘍性大腸炎という難病の悪化を理由に辞任を表明、後継を名乗る菅義偉官房長官が総裁選を制して次期首相に就任するとは…。梯子をはずされたような気持ちですが、わたしの問題提起に対し、一定の理解を示していただけたなら幸いです。
今回取り上げたテーマは、日本が多大な犠牲を払って獲得した平和憲法の改正についてです。すでに何度もお話ししましたが、わたしの結論は、改正にはさらなる国民的議論を巻き起こす必要があり、まずは国民一人ひとりが真剣に考えるべきだ。性急に突き進んではならない――。これに尽きます。
前回、現在の衆参両院の与野党の議席数を踏まえ、憲法第96条が定める「憲法改正」に必要な手続きについてお話ししました。菅・新政権が解散・総選挙に踏み切れば、議席の構成は変動しますが、現時点でいうと「国会議員の3分の2の賛成」のハードルは十分クリアできるでしょう。さらに、「国民投票による有権者の過半数の賛同」も、民意が支持すれば達成が可能で、戦後一度も改正されてこなかった憲法に、その道が開かれることになります。
ただ、与党・公明党の山口那津男代表は繰り返し述べています。「改正の機はなお熟していない。論議が足りない」と。平和憲法を守る姿勢は自民党と一線を画してきました。背景には「平和の党」を標ぼうしてきた野党時代からの歴史があります。この柱を変えれば、支持母体(創価学会)の崩壊も招きかねないからです。
もう一度、思い起こしてみましょう。憲法第9条「戦争の放棄」を生み出す原点となったのは、先の第二次世界大戦にほかなりません。この戦争でわたしたちが払った犠牲について、あらためて、真摯に振り返らなければならないのです。

写真2(連続テレビ小説「エール」の主人公・古関裕而=中央左=も戦争に翻弄されました)
さきの大戦で地球上のどれだけの人が亡くなったか、みなさんすぐに答えられますか。国連の史料に基づいてその数を示してみたいと思います。さきの大戦の死者数、それは世界で約5600万人にのぼります。5600万人という数字を想像できるでしょうか。日本の人口のほぼ半分に相当します。具体的にみてみましょう。日本の戦死者は310万人、ドイツはその2倍以上の670万人。旧ソ連は実に2060万人、中国が1320万人で、両国が突出しています。アメリカは30万人です。
日本に関していえば、満州国を含む中国を舞台にした数え切れない戦闘、東南アジアへの侵略、勝機なき作戦は枚挙に暇がありません。本土では沖縄の防衛戦、広島・長崎への原爆投下…。累々と横たわる戦死者の上に、現在に至る平和と繁栄が築かれたことを決して忘れてはなりません。さらに、世界唯一の被爆国であることも。
わたしたちは第9条とともに、世界に誇る「前文」を持っています。みなさん、一度は読んだことがあるはずです。ぜひ再読してみましょう。
「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と正義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」
憲法はわたしたち国民の宝です。大事に守り、育てなければなりません。
今回、平和憲法をテーマとしたのは、北大の学長を務めた憲法学者中村睦男さんの逝去の報に接したのがきっかけでした。生前、中村さんと知己を得たこともあり、フランス法に親しんだ中村さんの足跡を辿りつつ、「人権の母国」であるフランスの革命や人権宣言、その歴史に触れ、「戦争放棄」の源流でもある聖職者サンピエールの「永久平和論」に至りました。ルソーやカントがこの思想を継承したことを確認しながら、安倍政権が推進する憲法改正論議へと話を広げてきたのです。
憲法第9条を考えようと論を進める中で、その主人公でもある安倍首相が突如、辞任を発表したのは何とも不思議ですが、逆に時宜を得たテーマになったのかもしれません。新しく首相になる菅氏が今後、どんな憲法観を示していくのか。改憲とどう向き合うのか。その姿勢を注視し、国民一人ひとりがその論議に加わっていかなければなりません。今回のテーマは6月7日に始まり、今回で14回に及びました。これからも機を見て、憲法の論議をさらに深めていきたいと思いますが、いったんこのテーマを終えようと思います。