不戦の誓いを心に刻む8月が過ぎようとしています。広島、長崎の原爆記念日に続いて、終戦記念日。紙面を飾った「戦争」の文字も少しずつ遠ざかってきました。


今年は、長崎の平和祈念式典で挨拶した安倍晋三首相の内容が、広島のものとほぼ同じで、「コピペ批判」が沸き起こりました。続く終戦記念日。全国戦没者追悼式の式辞で、安倍首相は、さきの大戦におけるアジア諸国に対する加害責任について全く触れず、日本が軍事面を含め国際平和に貢献する「積極的平和主義」を訴えることに腐心したのです。遺族たちの落胆を招いたのは記憶に新しいところです。


戦没者記念式典
写真1(日本武道館で開かれた戦没者追悼式。安倍首相の空疎な言葉が響きました)


追悼式には全国最高齢の遺族として網走市から長尾昭次さん(93)が参列しました。北海道新聞の取材に対し、長尾さんは「歴代首相が引き継いできた加害責任や反省の表現がなく、しかも内容が空疎でがっかりしました」と語っています。「言葉に真実味がない。周辺国に迷惑をかけたという配慮を忘れてはならない」。率直な思いが紙面から伝わってきました。

今年は戦後75年の節目の年。安倍首相がどんなメッセージを発信するか、注目していた国民は、きっと長尾さんと同じ思いを抱いたことでしょう。前回、内閣支持率が急落している現状についてお話ししました。内閣不支持の最大の理由として、有権者は「安倍首相の人柄が信頼できない」と答えていることにも触れました。長尾さんの「言葉に真実味がない」とは、まさにこうした思いを反映しているのだと思います。

憲法改正に政治生命を懸けてきた安倍首相です。しかし、最近は体調が優れず、その勢いに衰えを感じます。今月17日と24日には、東京・信濃町の慶応大学病院で、2週連続して検査を受けました。健康不安の臆測が永田町・霞が関に拡散し、政局に動揺を与えています。ある週刊誌は「吐血情報」まで報じました。持病の潰瘍性大腸炎が悪化しているとの報道もあります。今後の動向から目が離せません。


安倍慶応病院
写真2(慶応大学病院で検査を受けた安倍首相。健康問題が様々な臆測を広げています)



さて、その安倍首相は来年9月までの自民党総裁任期中に、憲法改正を成し遂げると息巻いてきましたが、ここにきて浮上した健康問題、さらには日本を取り巻く新型コロナウイルスの感染拡大で、その論議を深めることは困難になってきました。長期政権のレガシー(遺産)を狙った「宿願」は、風前の灯と言ってよいでしょう。

とはいえ、安倍首相が執念を燃やす憲法改正は、自民党の党是でもあります。憲法をどう改正しようとしているのか。しっかり認識しておくのが、平和憲法をいただく国民の責務です。

前回、憲法改正とはすなわち、戦争放棄を謳った憲法第9条の改正に尽きる。こうお話ししました。では、今回はより踏み込んで、第9条を一緒に読んでみましょう。


憲法9条
写真3(憲法第9条は1項と2項で構成されており、極めてシンプルな文言です)

憲法改正論議のまさに最大焦点になっているのがこの第9条です。「戦争放棄」を謳う1項は、日本の平和主義の考えを集約しているとして、常に引き合いに出されます。しかし、フランス北西部ノルマンジー地方への小さな旅で確認したように、この思想は決して日本のオリジナルではありません。そのルーツは、1710年、同地方の聖職者サンピエールが著した「永久平和論」にまで遡れることを、みなさん覚えていますね。

では、第9条の2項はどうでしょうか。
「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」。こう書かれています。

戦力の不保持に踏み込んだこの2項こそが、国際的にみて極めて特異な部分なのです。2項を読む限り、日本は「一切の軍備を禁じる」との解釈が可能です。世界に誇る平和主義の「核心部分」です。

振り返れば、日本国憲法が施行されたのは、1947年(昭和22年)でした。敗戦後、日本を占領した連合国総司令部(GHQ)が起草し、極めて短時間で草案が完成しました。安倍首相は口癖のように「戦後レジーム(体制)からの脱却」を訴えます。この言葉に込めた思いは、現行憲法が「アメリカから、占領軍から、マッカーサー(GHQ最高司令官)から強引に押し付けられた」ものであり、時代が大きく変化する中で、「日本人自らの手で書き換える必要がある」。こんな強い願望の表れと言えるでしょう。


マッカーサー
写真4(GHQ最高司令官マッカーサー。この顔はいまなお日本人の記憶に刻まれています)


では、安倍首相は第9条をどう変えようとしているのか。


ここは「核心部分」!


みなさん飽きずに付き合って下さい。