「戦争放棄」の思想の水脈を辿る小さな旅を続けてきました。行き着いた先は、フランス北西部・ノルマンジー地方の小さなまちサンピエール。そこに生まれ育った聖職者サンピエールが著した「永久平和論」の中に、「戦争放棄」の文言を発見したのです。

北大の元学長だった中村睦男さんが急逝したのをきっかけに、6月から始めた今回のテーマは、「人権」そして「戦争と平和」です。日本国憲法の支柱ともいえる「戦争放棄」のルーツを探ってきたのは、わたしたちがいま、空気のように感じている平穏な日常がいかに先人の労苦と犠牲の上に成り立っているかを再考する必要がある。こう思ったからです。


話は少し本題から逸れますが、毎年暦がめぐり8月になると、日本人は必ず、戦争を意識します。広島、長崎に原爆が投下されたのは75年前の8月6日と9日。15日には日本が降伏した敗戦の日(終戦記念日)を迎えるからです。1年のわずか一瞬……ではありますが、戦争に思いを馳せる大事な季節といっていいでしょう。


長崎原爆
写真1(長崎の平和式典。昨年の写真です。日本人として忘れてはならない原爆投下の日)


道新文化事業社では、この5月、道新ホールで、特攻隊をテーマにした音楽芝居を皆さんに見て頂こうと準備を進めてきました。札幌出身のお笑い芸人アップダウン=竹森巧さん(42)と阿部浩貴さん(43)=による「桜の下で君と」。2人は札幌月寒高校の同級生です。



桜の下
写真2(お笑い芸人・アップダウンが公演を予定していた「桜の下で君と」のポスターです)

残念ながら公演は新型コロナウイルスの感染拡大で中止となりましたが、わたしは、戦後世代の2人が、特攻隊という戦争の暗部と真正面から向き合う姿勢に心を打たれ、勇気と希望をもらいました。公演は必ずや実現できるよう、応援していくつもりです。



本題に戻りましょう。今回は何とも不思議なタイトルを掲げました。「ルソーもカントも『これ』を求めた」。ルソーとカントはみなさんご承知のフランスとドイツを代表する18世紀の啓蒙思想家・哲学者です。では、彼らが求めた「これ」とは一体、何でしょう? 今回も答えを先に言ってしまいます。「これ」とは……サンピエールが著書のタイトルに掲げた「永久平和」を指します。

サンピエールの著書「永久平和論」には、戦争放棄の理念とともに、現在の国連や欧州連合(EU)の萌芽となる提案が含まれていたと、前回書きました。試論は画期的な内容でしたが、実は発表された当時、この論文は全く見向きもされませんでした。

世間の評判はさんざん。「聖職者の戯言(ざれごと)」「夢想家のたわごと」。こんなレッテルを張られ、著者サンピエールの名前とともに無視され、歴史の闇へと埋もかけたのです。忘却の運命を一変させたのが、みなさんご承知の啓蒙思想家ルソーでした。


ルソー
写真3(この顔を見ると名前がすぐ思い浮かぶのは、ルソーの知名度でしょうか)

ジャン・ジャック・ルソー。みなさんフルネームで覚えているのでは。それほど有名ですね。略歴をみると「1712年、時計職人の子としてジュネーブに生まれ、15歳で家出して放浪生活へ。42年パリで文筆生活を始め、啓蒙思想家たちとの交友を深める。55年『人間不平等起源論』を発表し、その後『社会契約論』『エミール』を出版。“自然に帰れ”をモットーに主権在民を唱えた。童謡『むすんでひらいて』の作曲者でもある」とあります。

ことの経緯をたどると、思想家ルソーこそがサンピエールの著作を見出したといえます。埋没しつつあった「永久平和論」に偶然、触れたルソーが、その先見性を高く評価したことで、サンピエールの名に再び光が……。しかも、ルソーの活動を通して、サンピエールの思想は隣国ドイツ(当時はプロイセンといいました)に伝わり、かの有名な哲学者イマヌエル・カント(1724~1804年)をも動かすことになったのです!

カントといえば、みなさん、「純粋理性批判」の著者としてご記憶でしょう。彼のもうひとつの代表作こそが「永遠平和のために」。(カントの著作は『永久』ではなく『永遠』と訳されます)。岩波文庫には「いまあらためて熟読されるべき平和論の名著」と記されています。


カント
写真4(「純粋理性批判」の著者として知られる哲学者カント。永久平和の提唱者です)

永遠平和
写真5(カントの「永遠平和のために」=岩波文庫=。いまなお読み継がれる名著です)


この著書でカントは、戦争を回避し、恒久平和を実現するための「国家のあり方」「国家の民主化」「平和のための連合創設」を説き、人間ひとりひとりに厳粛なる平和への努力を義務づけました。サンピエールの思想を一歩、推し進めて平和のビジョンを提示したのです。


サンピエールはルソーとカントによって蘇生した! 「永久平和」とは18世紀から人類が追い求めた理想であり、「戦争放棄」とともに究極のテーマだった! 長い旅路の果て、ようやく辿り着いた結論です。