わたしたちは、フランス北西部にあるブルターニュ・ノルマンジー地方にあるサンピエールという小さなまちを目指して、小旅行に出ました。


両地方は英仏海峡に面した牧歌的なところです。みなさんはこの地名を聞いて何かイメージが湧きますか? チーズの好きな方ならだれも知っている「カマンベール」。そのふるさとがここです。蕎麦粉を原料にしたクレープとシードル酒の発祥地としても有名です。歴史が好きな方なら、第2次大戦末期、英米連合軍がナチスドイツに占領されたフランスを解放するために繰り広げた大作戦の舞台として登場します。


カマンベール
写真1(フランスには365種類のチーズがあります。1年間、毎日違うチーズが食べられます。世界に知られるカマンベールはノルマンジー地方の特産です)

映画好きの方には…カトリーヌ・ドヌーブ主演の「シェルブールの雨傘」を。そのロケ地である港町シェルブールはこの地方の中心都市です。どんどんイメージを膨らませて………いざサンピエールへ。

サンピエールの正式な名称はサンピエール・アン・エグリーズといいます。人口は約500人。フランス国内の自治体としては最も小さい規模かもしれません。北海道で一番人口の少ない自治体をご存知ですか? 道北にある上川管内音威子府村(約700人)です。これに、後志管内神恵内村の約800人、オホーツク管内西興部村の約1000人が続きます。サンピエールは音威子府、神恵内の両村よりさらに小さく、日本でなら「限界集落」といわれるかもしれません。



サンピエール
写真2(人口500人のサンピエール。小さなまちながら中世の街並みが残ります)


ただ、フランスには自治体を人口に応じて、市町村と格付けする概念が存在しません。自由と平等を掲げる国。人口500万人の首都パリも、500人のサンピエールも、自治体は「ville(ヴィル)」と呼び、それ以外の言い方はないのです。日本では役所も、村と町は役場、市は市役所と区別しますが、フランスではすべて「hôtel de ville(オテル・ド・ヴィル)」。この言葉だけです。

最初から脱線してしまいました。サンピエールを訪ねた本来の目的に戻ります。人口500人のサンピエールは、先ほどの写真にあるように、中世の街並みが残り、寂しい印象は全くありません。ここに生まれ育ったのが、話の主人公であるカトリックの聖職者・サンピエールです。

彼の誕生は1658年ですから、日本でいえば、徳川4代将軍家綱の治世。切支丹の弾圧や鎖国政策もようやく軌道に乗り始めます。俳人・松尾芭蕉が奥の細道の旅に出たのもちょうどこのころでした。


サンピエール肖像
写真3(サンピエールの肖像画。聖職者としてより「永久平和論」の著者として知られます)


サンピエールに生まれたサンピエール。つまり、このまちは、サンピエールの名をそのまま、まちの名前に頂いたということになります。人名をまちや通りの名前にするのは決して珍しいことではありません。たとえば哲学者デカルトの生まれたまちは、デカルトとして存在します。


日本ではあまり人名を通りや駅の名称に使うことはありませんが、フランスでは日常的。まちは偉人のオンパレードです。たとえば、パリの玄関シャルル・ド・ゴール空港、現代芸術の拠点ポンピドー・センターはご承知の通り、大統領の名前。ショパン、モーツァルトからルーズベルト、チャップリンまで。国外の著名人も通りや広場、駅名に広く登場します。実に国際色豊かですね。

サンピエールはこの地方に城を持つ名門の出です。5人兄弟の末っ子で、幼少時からカトリックの聖職者を目指して厳しい教育を受けました。世は太陽王と畏怖されたルイ14世の時代。領土拡張のための戦争が繰り返し行われ、庶民は次々と戦場に駆り立てられていきました。貧富の差の拡大、社会的弱者の放置…。こうした過酷な現実を直視したサンピエールは政治の在り方を巡る思想を深めていくのです。

こうした中で執筆されたのが「ヨーロッパに永久平和をもたらすための試案」(永久平和論)と呼ばれる著作です。発表したのは1710年、サンピエールが52歳の時でした。



永久平和論
写真4(サンピエールの「永久平和論」は日本語にも翻訳され、研究されています)


わたしたちが「戦争放棄」の水脈を遡って辿り着いたカマンベールとクレープの故郷・サンピエール。まちの名前に名を残す聖職者が著したこの1冊の本には一体、何が書かれていたのか。さらに探っていきましょう。