ナチス・ドイツによるアウシュビッツでの虐殺行為を語る時、犠牲になったユダヤ人が欧州全域からポーランドの地に連行されたことを、思い起こす必要があります。さきの第2次世界大戦下、ドイツと隣接・交戦し、歴史的に多くのユダヤ人が居住していたフランスも例外ではありませんでした。

話は少し逸れますが、みなさん、「コンシェルジュ」という言葉をご存知ですか。最近、よく耳にします。たとえば、丸井今井札幌本店や札幌三越に行くと、1階の香水や化粧品売り場に「香りのコンシェルジュ」と呼ばれる女性が常駐します。札幌グランドホテルでも、市内の病院や銀行、観光案内所などにもこの呼称を付けた人がいるかもしれません。


コンシェルジュ
写真1(ホテルに行くとコンシェルジュと呼ばれる女性が接遇してくれます)

まちを歩くと、実に多くのフランス語が溢れています。料理にお菓子、ファッションに芸術。パティシエ、ソムリエ、カフェ、ブティック、シネマ…。毎日着用するマスクも。枚挙に暇がありません。そのひとつがコンシェルジュです。日本では「顧客の相談に乗ってくれる専門知識を有する人」といった意味で広く使われています。おしゃれな響きのフランス語ですが、実は暗い過去を背負った言葉であることを、みなさんに知っておいてもらいたいのです。

わたしは北海道新聞の特派員としてパリで生活する機会があったと以前、お話ししました。
パリで生活すると、必ずアパルトマンと呼ばれる集合住宅で暮らすことになります。日本で言えばマンション。わたしも約5年間、家族とともにアパルトマン暮らしを経験しました。

アパルトマンの最大の特徴は、玄関横に居住者と生活を共にする管理人が必ず住んでいることです。さきほどお話しした「コンシェルジュ」とは本来、この管理人を指す言葉なのです。ポルトガルからの貧しい移民労働者が担ってきました。



アパルトマン
写真2(わたしが暮らしたパリ16区のアパルトマンです。17世紀の石造りの建物で、玄関横にはポルトガル移民のコンシェルジュが住んでいました)

コンシェルジュは郵便物の配布やごみの収集、清掃を主な仕事としていますが、最も重要な役割、それが「居住者の動向に目を光らせること」。住人の人となり、家族構成、出身地、交友関係…。その情報収集こそがコンシェルジュの任務なのです。

さきの大戦末期、フランスはナチス・ドイツの支配下に置かれ、首都パリはナチスに占領されます。フランスにはナチスに協力する「対独協力政権」が誕生したことを、みなさん世界史で学びましたね。ここフランスからも多くのユダヤ人がアウシュビッツ強制収容所に連行されていきました。このユダヤ人探索に絶大な威力を発揮したのが、コンシェルジュの「密告」でした。コンシェルジュこそが、ユダヤ人をアウシュビッツに送り込む“装置”として利用されたのです。さきほどの「言葉が背負う暗い過去」とは、このことを指します。

カトリック寄宿学校での少年たちの友情をテーマに、ユダヤ人との別離を描いたルイ・マル監督の「さよなら子供たち」をご覧になった方は、この歴史を振り返って頂けるでしょう。



sayonara
写真3(「Au Revoir Les Enfants(さよなら子供たち)」はルイ・マル監督の自伝的作品です)

日本の大物政治家(いまなお副総裁兼財務大臣という要職にあり、不見識な発言を繰り返しています。なぜ失脚しないのか不思議なほどです。わたしにとっては不愉快極まりない存在です)がかつて、憲法改正論議の中でこんな発言したのを皆さん覚えていますか。この政治家は当時も副総理の要職にありました。安倍政権が虎視眈々と狙う憲法改正論議を促進しようと、危険極まりない暴言を吐いたのです!

「(ナチス政権下のドイツでは)憲法がある日、気が付いたら、(民主的で先駆的な)ワイマール憲法からナチス憲法に変わっていたのですよ。だれも気付かないうちに変わっちゃった。あのナチスの(巧妙な)手口を学んだらどうかね」(かっこ内は筆者が加筆)



麻生太郎
写真4(品位のかけらもなく愚かな発言を続ける大物政治家。だれだか分かりますね)

この発言に対し、国内はもとより海外からも「ナチスを見習うとはどういうことだ」と批判が巻き起こり、件(くだん)の政治家をもってしても、発言を撤回せざるを得ない事態に追い込まれました。(その後も性も懲りずにノー天気な発言を続けているから愚か者です)

ナチスの独裁政権が侵略と虐殺を繰り返し、欧州を蹂躙した歴史は払拭できない事実。欧米でこの史実を肯定的に受け止める政治家など聞いたためしがありません。仮にこんな発言をしたら、即刻、政治の舞台から引きずり降ろされるでしょう。

歴史認識を欠如した政治家の存在こそが、日本の政治の貧困さを象徴していると思います。わたしたちはいまなお、ナチス・ドイツの辿った誤りの歴史と向き合い、多くを学ばねばならないのです。