2020年が幕を開けました。
15年以上も前の話になりますが、家族でイタリアを旅行した際、フィレンツェから南下し、アッシジで年を越したことがありました。大晦日は雪が降り続き、石畳の旧市街はすっかり冬景色となりました。ところが翌日、元旦の朝、サン・フランチェスコ大聖堂を望む高台に上ると、どうしたことでしょう! 東の地平線から朝日が昇ると、広大なウンブリア平野を覆っていた雪はみるみる融け出し、あっという間に黄土色の大地へと戻っていったのです。
その光景が脳裏に蘇るたびに、アッシジは聖人フランチェスコの眠る特別な大地なのだと不思議な思いに駆られるのです。
写真1(アッシジのサン・フランチェスコ大聖堂の眼下に広がるウンブリア平野)
清貧で無垢、貧しい民衆の中に身を置き、生ある者を慈しんだフランチェスコは、カトリック教徒から「キリストに最も近い」と称えられている聖人です。それだけに、人気が高く、しばしば文学や映画の題材になってきました。
年末年始の休みを使って、フランチェスコを取り上げた2本のイタリア映画を自宅で見ました。「ブラザー・サン シスター・ムーン」(日本公開1973年)と「神の道化師、フランチェスコ」(同1991年)。少し古い映画ですが、いずれもフランチェスコの半生を描いた名画です。
なかでも、「神の道化師」は巨匠ロベルト・ロッセリーニの作品で、フランチェスコ役をはじめ、周囲を取り巻く「11人の小さき兄弟」を演じているのは、何と、全員がアッシジとウンブリア地方のフランシスコ会の修道士なのです!
写真2(「神の道化師」でフランチェスコ役を演じたナザリオ・ジェラルディ)
映画はフランチェスコが神の奉仕者となった1210年から1218年ごろまでの出来事を10のエピソードで綴っていますが、もっとも感動を呼ぶのはエンディング、つまり11番目のエピソードです。
アッシジの丘の上で、フランチェスコは11人の仲間たちに対し「ぐるぐるまわれ」と声を掛けます。目が回って倒れた方角こそが自らの行き先と定め、それぞれが布教の旅に出ていきます。その美しく感動的なラストシーンの映像は観る者の心を捉えてやみません。
興味のある方はぜひ、DVDでご覧になってもらいたいと思います。
さて、わたしたちはいま、イタリア中部の聖地アッシジの最大の見どころであるフランチェスコ大聖堂を目指して起伏のある坂道を上っています。
すでにお話しした通り、アッシジのまちは丘陵の中腹の細長い台地の上に、東西に広がる形で開けており、ちょうど西側の端に聖堂が鎮座しています。
大聖堂は、清貧を説いたフランチェスコにふさわしい、清楚な姿を象徴するゴチック様式で建てられています。
写真3(聖堂は2層式。下層にフランチェスコの墓、上層にジョットの絵が飾られています)
フランチェスコが44歳で亡くなった2年後の1228年に建設が始まり、工期はわずか30年で完成しました。2層式の壮大な建物は、下部にフランチェスコの遺体を葬る墓所があります。そして、上部にはイタリアの巨匠ジョットとその弟子たちが描いた「聖フランチェスコの生涯」と題する28枚のフレスコ画が壁面を飾っています。まさに圧巻です。
父親と決別する場面から始まり、身にまとった衣を脱ぎ捨て、聖痕を受け、やがて臨終を迎えたフランチェスコの葬儀の場面まで、短い人生の28景が鮮やかに描かれているのです。
中でも特に有名なのが「小鳥に説教するフランチェスコ」です。
写真4(ジョットの傑作とされる「小鳥を説教するフランチェスコ」)
大聖堂は上部から内部に入る構造になっています。参拝者はまず正面入口を入ってすぐ、ジョットの絵と対面する形になります。そして、右上の壁に描かれているのが、「小鳥を説教するフランチェスコ」です。
フランチェスコは両手を広げて鳥たちに語り掛け、鳥たちはじっと耳を傾けています。その様がほほえましく、自然を愛した聖人の人柄をしのび、思わず足を止めて見入ってしまう一作です。