文化イベントの仕事をしていながら、わたしは、芸能情報にうとい、恥ずかしい人間です。
そんなわたしが最近、感心させられたのは、渡辺えりさん。
ヒロインというよりは性格的女優、あるいは脇をしっかり固めるタイプだとばかり思っていたら、演出家、劇作家、作詞家としても大活躍されている才媛なのですね。
わたしに目を開かせてくれたのは、毎日新聞の「人生相談」です。
この欄では読者からの相談に渡辺さんのほか、高橋源一郎さん、立川談四楼さんらが交代で答えます。
6月11日、渡辺さんの回はこんな内容でした。
40代の女性。好きだった彼が突然病気で亡くなった。亡くなる前、彼女のところにメールや電話があったのに、応じることができず、いきなり訃報を聞くことになった。そのことをとても悔やみ、悩んでいるというのです。
渡辺さんは相談を正面から受け止め、回答しなければならない苦しみを綴ったうえで、結局時間をかけるしかない、とさとします。「自分をごまかし、だましだまし生きてください」と。
そしてご自分の体験を紹介します。
上京したばかりのころ、モーリス・ベジャール振り付け、ジョルジュ・ドン主演の「ボレロ」を見たとき彼女に起きた変化だそうです。見ている最中は意味が分からなかったけれど、一週間後、銭湯からの帰りに突然「単純な鼓動を振り付けにして、何があっても生きていかなくてはならない。それが単純なようで一番大変なのだ」と気付いて、タライを落として道端で号泣したというのです。
それまでの渡辺さんの日常を想像します。そしてたどりついたそんな経験を、だれしもができるとは思いません。わたしにもそんな経験はありません。
でも、そこから得た彼女の助言には、おもわず頷かされました。
「好きな歌を何度も聴き、好きな絵画を見て、芝居を見て、映画を見るのです。こういった芸術や娯楽は苦しみや悲しみを抱えた人のためにあります。私もあなたを励ますために、疲労困憊しても毎日舞台に立ちますよ」
何という励ましでしょうか。
わたしは、自分たちの仕事を「楽しみを売る仕事だ」と思ってきました。実は、もう少し軽く考えていたのです。「食料や水、交通、電気などのように生き死ににはかかわらないけれど」と。
渡辺さんの言葉に接して、頭を殴られたような衝撃を受けました。
「芸術や娯楽は苦しみや悲しみを抱えた人のためにある」
そのことを胸に、体に刻んだ演者、奏者たちとお客様をつなぐのがわたしたちの仕事なのですね。場合によっては生き死ににもかかわるかもしれない。
質問と回答の全文は毎日新聞サイトで「人生相談」を検索してみてください。
わたしは間もなく道新文化事業社の社長を退任します。「社長ブログ」を書く立場も終えることになりました。
初回、「公演の力」から始めたブログですが、渡辺さんの文章に出会ったおかげで、最終回を「再び 公演の力」で終えることができます。渡辺さんに感謝です。
そしてもちろん、当ブログの読者の皆さんにも感謝します。
ブログの今後についてはただいま検討中です。いずれにせよ、当ブログでご案内いたします。