札幌の新しい文化の拠点・文化芸術劇場hitaruは、オープニングシリーズが続いており、その素晴らしさを体感した人も多いことでしょう。 



一方、2階席以上の座席の配置が左右に大きく回り込むバルコニー状となっていること、4階席はかなりの高さから見下ろす格好になることから、ステージ全体を見渡すのは困難な席があるとして、不満も聞こえてきます。 

中には「設計ミスだ!」という酷評まであります。



これをどう考えたらいいのか。



正直に言いますと、わたしもこの設計を見たときは「ちょっと21世紀風ではないな、時代遅れだな」と感じました。 

ヨーロッパでオペラハウスといえば、馬蹄形のバルコニー席が何層にも重なった座席配置が定型でしたが、はすでに19世紀にこの形をやめる歌劇場が生まれていたからです。先頭を切ったのは、大作曲家ワーグナーが自分の作品だけを上演するために建設したバイロイト祝祭劇場(ドイツ・バイエルン州)でした。 

ワーグナーは「どの席からも舞台が見渡せる、どの席にも歌手やオーケストラの声がきちんと届く」理想を追い求めたのです。 

その後につくられたホールのうち、例えばオーストリアのザルツブルク祝祭大劇場(1960年竣工・2179席)、フランス・パリの新しいオペラ座(オペラ・バスティーユ、1989年同・2723席)、斬新なデザインで知られるスペインのソフィア王妃芸術宮殿(バレンシア・オペラハウス、2005年同・1481席)などは、旧来型のバルコニー席は採用していません。 



舞台が一部見えないことを業界用語で「見切れ」といいますが、バルコニー型配置だとある程度の見切れがでることは、避けられません。 



さて、hitaruです。このホールには、札幌で最大の収容を誇った旧ニトリ文化ホールの後継の位置づけがありますから、2300の座席数を確保することは欠かせない条件でした。 

バルコニー型をやめるとすれば、座席はさらに後ろに伸ばさなければなりません。後方席はステージからどんどん遠くなっていきます。敷地が確保できるかという根本的な問題があります。 


これに対しバルコニー席は、極端に右寄り・左寄りになることを我慢すれば、1階席の前方に迫る近さで舞台を望めます。舞台に近い席をぐんと増やせるのです。 

ステージばかりでなく、反対側のバルコニー客や1階席の客の様子もながめられます。演者と観客の一体感が生まれやすいのです。 

このことは、ステージ側から客席を見たときにいっそうはっきりします。三方180度の座席から取り囲まれるような感覚です。 

昨年6月、工事も大詰めを迎えたhitaruホールを見学させていただきましたが、ステージに立った瞬間「客席が近い!」を実感。その瞬間、それまでの「時代遅れ」という批判は、わたしの中では小さなものになったことを白状しておきます。 

ブログ パーシャルビュー



「見切れ」という短所を抱えながらも、長くバルコニータイプの客席をもつ劇場がつくられてきたのはこうした長所があるためなのでしょう。 


しかし、せっかく苦労してチケットを買ったのに予期せずに見にくい席に当たった人はやはり納得できないに違いありません。
このため道新文化事業社はhitaruと共催で9月に開くミュージカル「レ・ミゼラブル」では、見切れ席の販売を見送ってきました。

ですが、「レミゼ」人気はなお強く、先日、機材配置用に確保してあった席が空いたので追加販売したところ、たちどころに売り切れてしまいました。
そこで「見切れ席」もお値引きして提供することを検討しています。「見えにくさ」を納得していただいた上でご利用いただくことになります。 


ミュージカルの本場、ニューヨークやロンドンでの劇場でも見切れ席があるのは当たり前ととらえられており、こうした席を「パーシャルビュー」(一部視界が遮られる席)と呼んで初めからチケットの安いこの席を目当てにしている客も少なくないそうです。 


「レミゼ」を、別キャストでも見たかったが買いそびれてしまった、そんな人には二回目の観劇をこうした席にしてみてはいかが。 

あるいは、初めてでも「まずはなるべくステージの近くで、劇場の雰囲気を感じたい」という人にお薦めできます。 


hitaruのパーシャルビューが、劇場の新しい楽しみ方をご提案できるのなら、主催者として大きな喜びです。発売の情報は道新プレイガイドのダイレクトメールでお知らせします。しばらくお待ちください。 


写真は昨年6月、工事中のhitaruステージから客席を臨む