雑誌ニューズウィークに面白い記事が載っていました(日本版5月14日号)。


「ストリーミング配信は環境に優しくない?」


音楽をCDなどのパッケージ・ソフト(ナカミとイレモノ)で聴くのと、ストリーミングなどのネット配信(ナカミだけ)で聴くのと、どちらが環境に優しいのか―を、論じたものです。

筆者はグラスゴー大学のマット・ブレナン准教授と、オスロ大学のカイル・デバイン准教授。二人も二つの大学のこともよく知りませんが、スコットランドとノルウェーが並べば、環境問題には深い関心があるのだろうなぁ、と思わされます。


たかが趣味の音楽鑑賞を、環境と結びつけて考えるとは、なかなかユニークではありませんか。



ケースに入れ包装して店に並べるのと、データだけ通信で送るのと―。勝負ははじめからついているようにも見えます。
ところがどっこい。記事のサブ見出しには
「(ストリーミングでは)レコードやCDの時代より格安に楽しめるが目に見えない環境コストは増加する一方だ」
とあります。



どういうことか、興味がわきます。



生産にかかわる環境負荷を考えれば、事態の推移は劇的です。

<77年にアメリカの音楽業界で製造されたプラスチック製品は5800万キロ。CD全盛期の2000年には6100万キロに増加したが、ダウンロード版とストリーミング配信の普及に伴い、16年には800万キロにまで減少している>

一方、ネットでの音楽視聴には巨大なデータセンターが必要で、膨大な電力が消費されることを忘れてはいけません。

筆者らは、音楽データの保存・配信に使われる電力を温室効果ガスの排出量に換算する、というちょっと想像がつかない計算をやってのけています。



それによると―。

<77年に1億4000万キロだった温室効果ガスは、2000年には1億5700万キロに増加。さらに16年には、推定2億~3億5000万キロにまで増えていた。しかも、これらはアメリカ国内だけの数字だ>




環境への「優しさ」を比べるのは容易ではないのですね。パッケージ・ソフトの生産にも電力は使わるでしょうし、それを店頭に並べるまでに必要とされるエネルギー、それを購入するために愛好者が移動するのにかかるエネルギー。また、再生装置を生産するための環境負荷はどちらが重いのか。希少金属などの資源消費は―。

そのもろもろが、消費者が負担する価格で測れるのであれば、優劣ははっきりしています。

<1週間の給与に占める音楽媒体の小売価格の割合を見れば(略)、1977年にはLPレコード1枚の価格はアメリカの平均的な週給の4.83%を占めていたが、2013年のダウンロード版は週給のわずか1.22%だ>


当然のことですが、筆者らもこの数字だけをもってなにがしかの結論を出そうとはしていません。


<簡単な解決策はない。それでも音楽をめぐるコストと、それが時代とともに、どう変化してきたかに思いをはせることは、わたしたちが正しい方向に一歩を踏み出す1つのきっかけになるはずだ>
と記事を結んでいるのです。


わたしはというと、古い人間ですから、ナカミだけあればイレモノはいらない、と割り切ることはなかなかできずにいます。
好みのクラシック音楽でも、歌劇場やコンサートホールからのネット中継もあったりしますが、それにアクセスした経験は数えるほど。「いずれパッケージで発売されるだろうから、それを待とう」などと思ってしまいます。
ホームサーバーに音楽ファイルをため込んで聴くなんてことに手を出しているくせに、データ元のCDはなかなか処分できないというのも、われながら笑っちゃう行動パターンではあります。



月並みな結論で恐縮。結局、趣味は所有や利用にかかるカネでは測りきれないのですね。ちょっと前までは、電気ストーブのように発熱する効率の悪いオーディオ・アンプをありがたがって使っていたわたしです。ハイエンド・ユーザーの間で見直しが進むLPレコードまでさかのぼるつもりは、いまのところありませんが、圧縮された音楽ファイルをイヤホンで聴くことがどれだけ環境に優しくても、それで満足できるとは思えません。