いささか旧聞に属しますが、ドイツ(スイス出身)の俳優ブルーノ・ガンツさんが亡くなりました(2019年2月16日)。
ドイツ映画には欠かせない名優でした。
当然、わたしは一観客にすぎませんから、独自に何か書く材料を持っているわけではありません。
さはさりながら…。関心を寄せているドイツ映画のことも含めて書いておきます。
ガンツさんといえば、ヴィム・ヴェンダース監督の映画「ベルリン・天使の詩」(1987年)の主役が代表作でしょう。
壮年男子の天使(ガンツさん)が、ベルリンの日常や敗戦時の廃墟をめぐり歩き、最後は人間になって愛する女性と生きていく、というもの。ヴェンダース監督は、天使時代はほとんどモノクロ、人間になってカラーで描き分けますが、モノクロとカラー以上にガンツさんの表情の変化が見事。
ガンツさんというより映画全体の感想になりますが、貫くテーマが「語り部」なのかな、とわたしは思っています。
映画の始まりから呪文のように繰り返されるナレーション「Als das Kind Kind war - 子供が子供だったころ」が、ついにこんな言葉を導くのです(図書館の老人の独白)。
「わしが語り部であることを諦めれば人類は語り部を失う。語り部を失うということは、人類の子供時代もなくなることじゃ」(わたしの勝手な訳)。
ヴェンダース映画には名文句が次々と出てきますが、「人類の子供時代」も印象に残る一言です。
ガンツさんの数多い出演映画の中でわたしがみたのは
「ヒトラー最期の12日間」(2004年 オリヴァー・ヒルシュピーゲル監督)
「愛をよむひと」(2007年 スティーヴン・ダルドリー監督)
「バーダー・マインホフ/理想の果てに」(2008年 ウーリ・エーデル監督)
「手紙は憶えている」(2008年 アトム・エゴヤン監督)
にとどまります。
最近では、「ハイジ アルプスの物語」(2015年 アラン・グスポーナー監督)が話題になりました(残念、わたしはまだ見ていません)。
「ヒトラー…」では、ヒルシュピーゲル監督は初め、別の俳優を起用しようとしたところ、イメージ悪化を恐れてその俳優は固辞、ガンツさんが敢然と受けたという逸話を聞いたことがあります。孤独でしかも激しいヒトラーを、本人が乗り移ったかのように演じていました。
名優としてコンサートの語りにも起用されています。CDや映像作品があるのは、アバド指揮ベルリン・フィルによるベートーベンの劇音楽「エグモント」。1991年のジルベスター・コンサートのライヴです。
それにしても、日本で見られるドイツ映画はどうしてこうもナチスもの、旧社会主義体制にかかわるものばかりなのでしょう(それはそれで傑作が多いことも事実ですが)。
民衆を描いたもの(「マーサの幸せレシピ」2001年ザンドラ・ネッテルベック監督)や、得意の自動車もの(「ファストトラック-ノーリミット」2007年アクセル・サンド監督、「ラッシュ/プライドと友情」2013年ロン・ハワード監督)や前衛的なもの(「ラン・ローラ・ラン」1998年トム・ティクヴァ監督)など、思い出せるのは実に少ない。もっとたくさんの素晴らしい映画があるはずでしょう。
劇場でもテレビの放送でも、外国映画といえばハリウッドばかり、では寂しい。
あらためて、ガンツさんに合掌。