前回、文芸作品とオペラについて書いたところ、「何で『ペレアス』が書いてないんだ」と、博識の読者からご意見をいただきました。
これだからうかつにものを書いてはいけないのですね。
だいたい、わたしは、再三申し上げているように、あまのじゃくでありまして、系統だててこのテーマを書くほど幅広くオペラを見たり聴いたりしているわけではないのであります。
あまり知られていない作曲家・ツェムリンスキーにあれだけの行数を当てて、イタリアやロシアはほんの申し訳程度というのは、どう考えても普通の音楽ファンのすることではありません。
ましてや、レンツだのビュヒナーだのとくれば、オタク以外の何物でもないではありませんか(開き直っている)。
で、「ペレアスとメリザンド」です。メーテルリンクの戯曲を、ほぼそのまま台本にしてドビュッシーが驚くべき劇音楽を作り上げました。


ワーグナー狂のわたしは当然、この作品に何も求めていない時期が長く続きましたので、これが「驚くべき」作品であることを知ったのはつい最近です。どのみち、見当違いのことしか書けないので、ここでも深くは記しません(だいたい、戯曲も読んでいない)。
ただ、ドビュッシーもワーグナーのことは大変意識しており(実際、ワーグナー音楽の祭典・バイロイト音楽祭にも足を運んでいる)、ワーグナーの代表作「トリスタンとイゾルデ」がなければ「ペレアス」もなかったに違いない。
と、ついついワーグナーのことばかり書いてしまうのです。
フランスオペラであとわたしが付け加えられるのは、マスネの「タイース」、「マノン」あたり。「タイース」はアナトール・フランスの小説。「マノン」はプレヴォーというフランスの小説家の作品がもとになっているそうです(これらも文学としては読んでいません)。同じ小説からはプッチーニの「マノン・レスコー」も生まれています。
マスネは前回タイトルだけ触れた「ウェルテル」(ゲーテ原作)の作曲者。オペラ以外の管弦楽作品もなかなかいいです。もちろん「タイース」の有名な「瞑想曲」、最高です。
ドイツの作家ではトーマス・マンの「ヴェニスに死す」を加えておくべきでした。イギリスのベンジャミン・ブリテンがオペラを書いています。
この小説、映画にもなっていますが、やはり小説で読むのが一番いいかと。オペラは一度だけCDで聴いておしまいになっています。ブリテンは優れた作曲家だと思いますが、沈黙の多い物語を歌で饒舌に表現してしまったような違和感をわたしは感じてしまいました(あくまでも個人的感想です)。
以上、気の進まないままに書いた続編でした。まだまだ重要な作品があるに違いありませんが。
写真はわたしが見た「ペレアスとメリザンド」の映像作品のひとつ(ジョルダン指揮パリ・オペラ座)。写真がないのが残念ですが、2016年8月にNHK―BSで放送されたサロネン指揮の上演はとても良かった