札幌文化芸術劇場(愛称hitaruヒタル)ができて、道民にもオペラが身近になった―と以前に書きました。
とは言っても、「オペラってそもそもお話が荒唐無稽でしょ?」などと言って、相変わらず敬遠したり軽蔑したりしている人も多いように見受けられます。
ミュージカルにも似た印象が持たれていそうです。ですが、北海道にすっかり定着した劇団四季のほかに、9月に開催する東宝の「レ・ミゼラブル」には、ぜひ注目していただきたい。原作はご存知フランスの文豪ヴィクトル・ユーゴーの小説。脚色はあるにせよ、荒唐無稽というよりは人間の「性(さが)」や普遍的な愛について考えさせられる作品です。
ミュージカルのことは素人なので、オペラと原作についてちょこっと書いちゃいます。
バロック期にオペラが誕生して以来、原作は主に聖書とギリシャ神話です。ヨーロッパ文明の二大源泉ですから、当然と言えば当然です。そして19世紀ロマン派以降は小説が優勢になるという形でしょうか。ワーグナーなど、自作の台本にしか曲をつけなかった人はごく少数で、ほとんどは台本作家と作曲家のコンビでオペラは作られました。
ユーゴーにはほかにもオペラ化された作品があります。まずは有名な「ノートルダム・ド・パリ」。ドイツの作曲家フランツ・シュミットが「ノートルダム」のタイトルでオペラにしています。最近上演される機会はまずありませんが間奏曲だけは単独で取り上げられることがたまにある(そうそう、これはディズニー経由で劇団四季のミュージカル「ノートルダムの鐘」になりました)。
ユーゴーをロマン派作家の旗手に押し上げた成功作「エルナニ」(戯曲)はイタリアのヴェルディが「エルナーニ」としてオペラ化、ドニゼッティのオペラ「ルクレツィア・ボルジア」も原作はユーゴーです。
ユーゴー以外では、やはりフランスのデュマの小説がもとになった「椿姫」があります(3月にヒタルで北海道二期会の公演があります。完売)。また、メリメの小説がビゼーの「カルメン」になりました。これらは、原作よりオペラの方が有名でしょう。アンドレ・ジッドの「カンドール王」という戯曲は、オーストリアのツェムリンスキーが「カンダウレス王」としてオペラ化しています。
ちなみに「カンダウレス王」の物語は紀元前7世紀、アナトリア半島(現在はトルコの領土)に栄えたリュディア国の王様が、妃に手引きされた友人に殺害され王位を簒奪されるという、おどろおどろしくもエロティックなもの。学校の授業で出てきたヘロドトスの「歴史」にも記述があります。
ツェムリンスキーのオペラはかなりマイナーですが、音楽は素晴らしいの一言とわたしは思っています。CDは二種類ありますが、いずれも入手は難しそうです。
ツェムリンスキーという作曲家は、以前当ブログの「ジャケ美術館」で「こびと」というオペラを紹介しました。その原作はイギリスのオスカー・ワイルド。ツェムリンスキーはワイルド作品が好きで「フィレンツェの悲劇」もオペラにしています。これも不倫・殺人ドラマですが、やはり音楽は素晴らしい。今春、東京で上演の予定があります。
また、ワイルドと言えば、リヒャルト・シュトラウスの「サロメ」は有名ですね。ショッキングで非道徳の極みのようなこの物語、新約聖書の福音書に記述がある実話がもとになっています。
イギリスでは、何といっても大物シェークスピア。戯曲の数々(ハムレット、オテロ、マクベス、リア王、ウィンザーの陽気な女房たち、真夏の世の夢…)がイタリアやイギリス、たまにドイツの作曲家によってオペラにされています。T.S.エリオットの「寺院の殺人」のイタリア語、ドイツ語オペラもあります。
一方、ドイツの文豪ゲーテはフランスの作曲家が「若きウェルテルの悩み」「ファウスト」の台本を使って傑作を残しています。
ロシアではトルストイの「戦争と平和」、プーシキンの「エフゲニー・オネーギン」、ドストエフスキーの「賭博者」など、オペラ化された文学作品はいくつでも出てきます。
わたしの好みで言うと、ドイツのレンツの「軍人たち」、ビュヒナーの「ヴォイツェック」(以上は複数の作曲家が作曲)と「ダントンの死」は外せません。
日本人では三島由紀夫です。「金閣寺」に作曲したのは黛敏郎ですが、ドイツ人のハンス=ウェルナー・ヘンツェは「午後の曳航」をドイツ語版オペラにしました。
以上の作品、文学であればほとんど文庫本で読むことができます。ちょっと手に取ってみてはどうでしょう。
さて、蛇足です。
ユーゴーやゲーテなど政治家でもあった作家がたまにいます。ユーゴーは貴族院議員として死刑廃止や教育・福祉問題に力を注いだといわれます。私生活ではかなり派手な異性交遊歴があった彼が、今の日本の基準で「立派な政治家」と言われるかと微妙でしょうが、いわゆる「タレント議員」とは違った尊敬を集めていたことでしょう。
亥年の日本は、任期4年の統一地方選挙と3年ごとに半数が改選される参院選のふたつがぶつかる年。衆院解散の可能性も含めて政治や選挙の話題がにぎやかですが、地方政治にはなり手不足が慢性化し、国政は「舌禍議員」や「問題議員」が続出して、お世辞にも誉められない現状ではないでしょうか。
「タレント」ではなく、立派な文人政治家がもっと出てきてほしいものだと思います。
写真①ミュージカル「レ・ミゼラブル」を紹介する道新紙面(1月10日付)
写真②マイナーオペラ「カンダウレス王」2種と、「ノートルダム」のCD