「悪魔が発明した楽器」と言われる楽器があります。
バンドネオンです。
アコーディオンを小さくしたような形をしていて、タンゴの演奏には欠かせません。
なぜ、悪魔なのか。
演奏が難しいからです。
蛇腹の左右に、音程を作るキー(ボタン)があるのですが、それがそれぞれ33、38個(標準のタイプ)。さらに蛇腹を押し込むか開くかでも音が変わる。合わせて142の音を組み合わせるのだそうです。ボタンはアコーディオンの鍵盤とは違って不規則に並んでいる。
なるほど大変そうだ。
しかし、まぜっかえすようですが、僕の数少ない経験では、簡単に演奏できる楽器は、そもそも存在しません。どれもがみな悪魔の発明ではないかと言いたい。
楽器の王ともいえるピアノやオルガンなどの鍵盤楽器。キー(ボタンや鍵盤)が多すぎる。タッチをそろえるのも、半端な練習ではできません。
ピアノに比べたら部品数は数百分の一の単純さのヴァイオリンは、音楽の素材になりうる音を出すこと自体が難しい。正しい音程を出すのも大変です。
フルート、クラリネットなどの木管楽器は、息や唇のコントロールが微妙ですし、リードを細工する器用さが要るものもあります。
(金管楽器だけはどれにも触ったことがないので、「簡単に違いない」とうそぶいています)
さて、バンドネオンです。これにもわたしは触ったことがありません。
アストル・ピアソラの音楽はギターでも演奏し、ピアソラ自身のCDもよく聴くので、多少わかったつもりで言いますと、この楽器は音を長く引き延ばしてその音に無限のニュアンスを込められる楽器です。構造の複雑さもあるでしょうが、その、いかようにもニュアンスを変えられる可能性の奥深さが難しさの源泉なのではないか。
バンドネオンはドイツ人のバンドさんという人が19世紀に作ったそうです。それが南米に伝わって、タンゴと深く結びつくことになりました。
道新文化事業社もお手伝いして、タンゴの演奏会が来年開かれることになりました。
やはりドイツ人で、コンチネンタル・タンゴの往年の巨匠だったオットー・ヴィットさんをしのぶコンサートです。ヴィットさんはバンドネオンの名手で作曲家でもありました。晩年を札幌で過ごし、文字通り札幌に骨を埋められました。
コンサートは来年3月です。今後、折に触れてこのコンサートのことを紹介していこうと思っています。
新聞記事の写しは北海道新聞昨年8月4日夕刊