無人島に本を一冊だけ持っていけるとしたら…、という問いかけがあります。
これに倣って、無人島にCDを一枚だけもっていけるとしたら…、と問うのは愚問です。なぜなら、電気のない無人島では思うようにCDを再生できないから。

なんて無駄口はやめにして、「好きなCDを一枚だけ挙げるとしたら何?」と問われたことがあります。
しばし考えて、その時わたしが選んだのはシューベルトの「冬の旅」でした。

24曲からなる連作歌曲。どれ一曲としてつまらない曲はありません。ひとつひとつの音符を、本当に必要な音だけを、選んで選んで選び抜いて、打ちひしがれた若者の道行きを描きます。
有名な「菩提樹」はこの曲集の第5曲です。


タイトルは決まったとして、どの盤を選ぶかはなかなか大変です。歌手は男声の低い声・バリトンがもっとも一般的かもしれませんが、高い声・テノールにも味わい深い名盤があります。少数ですが女声の盤もあります。
伴奏のピアニストにも巨匠あり伴奏スペシャリストあり、選択に迷います。ピアノそのものも、素朴な音のする古風なタイプを使ったものもあります。


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それだけではない。もっといろんな選択肢があるのが「冬の旅」の特徴のひとつです。

伴奏に、ピアノではなく弦楽四重奏や室内楽を起用したもの。ドイツの大御所テノール、ペーター・シュライヤーの「最後の録音」は弦楽四重奏版でした。
歌唱とピアノ伴奏に、ほかの楽器や朗読を組み合わせたものもあります。本場・ドイツで尊敬を集める白井光子さんは、ビオラと朗読を加えて録音しました。
全編を無伴奏合唱で演奏したのは日本の団体、タロー・シンガーズ(里井宏次指揮)。

人の声を楽器で表現した歌なしの演奏さえあります。ビオラと2本のギターの盤、チェロとピアノと朗読による盤。サキソフォンとピアノの盤。
また、作曲家が独自の創作を付け加えた録音も。ハンス・ツェンダー指揮アンサンブル・モデルン、オリバー・シュニーダー・トリオによるピアノ三重奏。いずれもテノール独唱に現代音楽の演奏が加わって刺激的です。

「冬の旅」はこのように、多くの演奏家だけでなく作曲家にもインスピレーションを与え続ける名作なのです。他に例を探せば、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」くらいしか思いつきません。

ところで、来月札幌で注目の「冬の旅」のコンサートがあります。
メゾソプラノとギターによる「冬の旅」全曲。2017年12月1日(金)午後7時開演、ザ・ルーテルホール(大通西6)。
メゾソプラノ駒ヶ嶺ゆかりさんとギターの宮下祥子さんが、5年越しで磨き上げてきたものです。

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シューベルトの歌曲伴奏には、ギターの響きを想定したような曲が多くあります。「冬の旅」も、上にも挙げたようにギター伴奏盤があります。
しかし、1時間を超える連作歌曲の伴奏は体力的にも厳しく、メジャーなCDで入手できるのはいずれも2人の奏者が参加したものになっています。

女声と女性ギタリストによる「冬の旅」。しかもギターは今のスタイルの楽器ではなく、より細身でひなびた音のする「19世紀ギター」を使うそうです。
歴史的なコンサート、といっても過言ではない催しが、札幌ゆかりの演奏家によって実現するのです。
チケットは道新プレイガイドへどうぞ。



写真(上)は「冬の旅」の“変わり種”CD。
写真(下)は札幌での「冬の旅」のポスター