2020年08月

憲法をどうしたいのか

不戦の誓いを心に刻む8月が過ぎようとしています。広島、長崎の原爆記念日に続いて、終戦記念日。紙面を飾った「戦争」の文字も少しずつ遠ざかってきました。


今年は、長崎の平和祈念式典で挨拶した安倍晋三首相の内容が、広島のものとほぼ同じで、「コピペ批判」が沸き起こりました。続く終戦記念日。全国戦没者追悼式の式辞で、安倍首相は、さきの大戦におけるアジア諸国に対する加害責任について全く触れず、日本が軍事面を含め国際平和に貢献する「積極的平和主義」を訴えることに腐心したのです。遺族たちの落胆を招いたのは記憶に新しいところです。


戦没者記念式典
写真1(日本武道館で開かれた戦没者追悼式。安倍首相の空疎な言葉が響きました)


追悼式には全国最高齢の遺族として網走市から長尾昭次さん(93)が参列しました。北海道新聞の取材に対し、長尾さんは「歴代首相が引き継いできた加害責任や反省の表現がなく、しかも内容が空疎でがっかりしました」と語っています。「言葉に真実味がない。周辺国に迷惑をかけたという配慮を忘れてはならない」。率直な思いが紙面から伝わってきました。

今年は戦後75年の節目の年。安倍首相がどんなメッセージを発信するか、注目していた国民は、きっと長尾さんと同じ思いを抱いたことでしょう。前回、内閣支持率が急落している現状についてお話ししました。内閣不支持の最大の理由として、有権者は「安倍首相の人柄が信頼できない」と答えていることにも触れました。長尾さんの「言葉に真実味がない」とは、まさにこうした思いを反映しているのだと思います。

憲法改正に政治生命を懸けてきた安倍首相です。しかし、最近は体調が優れず、その勢いに衰えを感じます。今月17日と24日には、東京・信濃町の慶応大学病院で、2週連続して検査を受けました。健康不安の臆測が永田町・霞が関に拡散し、政局に動揺を与えています。ある週刊誌は「吐血情報」まで報じました。持病の潰瘍性大腸炎が悪化しているとの報道もあります。今後の動向から目が離せません。


安倍慶応病院
写真2(慶応大学病院で検査を受けた安倍首相。健康問題が様々な臆測を広げています)



さて、その安倍首相は来年9月までの自民党総裁任期中に、憲法改正を成し遂げると息巻いてきましたが、ここにきて浮上した健康問題、さらには日本を取り巻く新型コロナウイルスの感染拡大で、その論議を深めることは困難になってきました。長期政権のレガシー(遺産)を狙った「宿願」は、風前の灯と言ってよいでしょう。

とはいえ、安倍首相が執念を燃やす憲法改正は、自民党の党是でもあります。憲法をどう改正しようとしているのか。しっかり認識しておくのが、平和憲法をいただく国民の責務です。

前回、憲法改正とはすなわち、戦争放棄を謳った憲法第9条の改正に尽きる。こうお話ししました。では、今回はより踏み込んで、第9条を一緒に読んでみましょう。


憲法9条
写真3(憲法第9条は1項と2項で構成されており、極めてシンプルな文言です)

憲法改正論議のまさに最大焦点になっているのがこの第9条です。「戦争放棄」を謳う1項は、日本の平和主義の考えを集約しているとして、常に引き合いに出されます。しかし、フランス北西部ノルマンジー地方への小さな旅で確認したように、この思想は決して日本のオリジナルではありません。そのルーツは、1710年、同地方の聖職者サンピエールが著した「永久平和論」にまで遡れることを、みなさん覚えていますね。

では、第9条の2項はどうでしょうか。
「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」。こう書かれています。

戦力の不保持に踏み込んだこの2項こそが、国際的にみて極めて特異な部分なのです。2項を読む限り、日本は「一切の軍備を禁じる」との解釈が可能です。世界に誇る平和主義の「核心部分」です。

振り返れば、日本国憲法が施行されたのは、1947年(昭和22年)でした。敗戦後、日本を占領した連合国総司令部(GHQ)が起草し、極めて短時間で草案が完成しました。安倍首相は口癖のように「戦後レジーム(体制)からの脱却」を訴えます。この言葉に込めた思いは、現行憲法が「アメリカから、占領軍から、マッカーサー(GHQ最高司令官)から強引に押し付けられた」ものであり、時代が大きく変化する中で、「日本人自らの手で書き換える必要がある」。こんな強い願望の表れと言えるでしょう。


マッカーサー
写真4(GHQ最高司令官マッカーサー。この顔はいまなお日本人の記憶に刻まれています)


では、安倍首相は第9条をどう変えようとしているのか。


ここは「核心部分」!


みなさん飽きずに付き合って下さい。

不戦の誓いから始まった

「令和」という元号にもすっかり慣れてきました。振り返れば2019年4月30日に平成天皇が退位し、翌5月1日に新天皇が即位して新元号が誕生しました。まだ1年4カ月前のことですが、なぜか、遠い話のような気がしますね。それもそのはず、この間、国内は、終息の見通しが立たない新型コロナウイルスの感染が拡大し、東京五輪を1年延期するなど、長く、暗いトンネルに迷い込んでいるからです。


令和官房長官
写真1(新元号「令和」を発表する菅義偉官房長官。「令和おじさん」の異名を取りました)

元号が令和に変わったことで、30年間続いた平成も遠ざかった気がします。その前の昭和は、さらに彼方へ……。しかし、この昭和という時代に日本が経験した「未曾有の戦争」を遠くに追いやってはならない。甚大な犠牲を代償に誕生した日本国憲法についても、国民一人一人が真剣に考え続けなければならない。それがこの国を継承する者の責務だと、わたしは考えます。

元号が移り行く中の2018年12月、平成天皇が最後の誕生日に行った記者会見をみなさん、覚えていますか。現在の上皇である平成天皇が、時に声を震わせながら、その心境を語った姿に心を揺さぶられた方も多いのではないでしょうか。何を語ったのか。思い出してみましょう。


平成天皇涙
写真2(平成天皇の最後の記者会見です。時に声を震わせ、涙ぐむ場面もありました)

天皇はまず、即位以来、日本国憲法の下で、象徴と位置付けられた自らの望ましい在り方を常に模索しながら職務を遂行してきたと述べ、そのうえで「平和」に対する強いこだわりを繰り返し表現していました。

民族紛争や宗教対立、テロの頻発など、第2次世界大戦後の国際社会を辿り、こうした中で日本が果たしてきた役割と貢献の大きさにも触れ、「わが国の戦後の平和と繁栄が多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れてはならない」と国民に訴えたのです。

そして、最も強調したかったのは次のひとことだったような気がします。それは、会見の最後の部分で語った言葉です。平成天皇は、在位中、皇后(現在の上皇后)とともに、サイパンやパラオ、フィリピンなど激戦地への慰霊の旅に出たことに言及しながら、「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに心から安堵しています」と結んだのです。その時、天皇の声は震え、うっすらと涙を滲ませていたのを、テレビを観た方なら見逃すことはなかったのではないでしょうか。



ペリリュー島
写真3(2015年には激戦の地パラオ・ペリリュー島を訪ね、戦死者を慰霊しました)

昭和天皇からバトンを引き受けた後継者として、約310万人もの国民が戦死した悲惨な戦争を二度と繰り返してはならないとの強い不戦の誓いがあったはずです。この会見で発した平和を希求する言葉の数々。そこには、就任以来、勇ましく憲法改正を訴え続ける安倍晋三首相に対する「思い」が込められていたかもしれない。会見を目にしながら、こんな感情が沸き起ってきました。

「戦争放棄」を巡るフランスの小さな旅から戻ったわたしたちは、いま、日本国憲法を考える新たな旅に出ました。最初にお断りしておきます。安倍首相が強い意欲を示している憲法改正について、みなさんは「賛成」「反対」、それぞれの立場があると思います。当然のことです。ですから、わたしはその賛否についてはみなさんにお任せします。ただ、「憲法改正」は極めて慎重に行われなければならない、というのがわたしの立場であることは、申し上げておきます。



憲法改正安倍
写真4(憲法改正を訴える安倍首相。総裁任期が来年9月に迫る中でトーンダウンも)

釈迦に説法ではありますが、まず、ほんの少しだけ、日本国憲法について復習してみましょう。

日本国憲法は前文と11章103条で構成されていますね。その骨格を成すのが、前回お話しした3つの原則。①国民主権②基本的人権の尊重③平和主義――です。この中で特筆されるのは前文と第9条です。世界の憲法はどこも憲法制定の目的や基本原理、制定者の覚悟などを前文に掲げるのが通例ですが、「戦争を繰り返してはならない」という決意がこれほどまでに、主体的に滲み出た文言はほかの国には例がありません。前文の最後には「日本国民は国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」と高らかに宣言しているのです。



そして第9条「戦争の放棄」。11章103条から成る憲法の中で、第9条だけは唯一、1条で1章を立てています。極めて異例です。戦後、多くの解釈と論争を生んできた第9条。なぜ、いま「改正」なのか。考えていきましょう。

軽~い首相がいじる憲法

この人の顔を随分見てきました。気が付けば、わが国の憲政史上最長の在任期間を更新中。途中大腸の病気を患って、泣きそうな顔で政権をほっぽり出し、その後、民主党政権を挟んで、奇跡の再登板。あれから早7年半が経過したのです。


安倍夫婦
写真1(安倍晋三首相と寄り添う妻の昭恵さん。トップレディーとして世界中を回りました)

いわずもがなの安倍晋三首相。隣は昭恵夫人です。夫婦そろって権力をほしいままにしてきた。こんな印象を持つのは、わたしだけでしょうか。権力は腐敗する。その言葉通り、この7年半、数え切れないほどの不祥事を連発し、それでもなお権力の座に居座り続ける。何とも不思議な光景です。不祥事のどれもが内閣総辞職に値する重大なものだったと思います。

不祥事を列挙するのが今回の目的ではありません(列挙したらいくらスペースがあっても足りません)。それでも、ざっと振り返ってみると…。河井克行前法相と妻の案里・参院議員の逮捕・起訴、東京高検検事長の辞任、「桜を見る会」の私物化もありました。森友問題の文書改竄問題とそれを指示された職員の自殺。そうそう。森友学園が大阪の国有地をただ同然で購入し、その学園の名誉校長を昭恵夫人が務めていました。「私や妻が関係したということになれば、首相も国会議員も辞める」と国会答弁で凄みと睨みをきかせ、官僚たちを震え上がらせます。霞が関・永田町を支配する「安倍一強」の恐ろしい恫喝でした。


克行・案里
写真2(公職選挙法違反=買収=容疑で逮捕された河井克行前法相と妻の案里議員)


振り返れば何人の大臣が辞めたことか。答弁もろくにできない五輪担当相もいましたね。そのたびごとに発せられるお決まりのフレーズ。「任命権者として責任を痛感している。真摯に受け止める」。あまりにも軽~い言葉と反省のなさ。国民はもはや軽薄さに慣れっこです。


みなさん、新聞やテレビでよく、内閣支持率という言葉を目にしますね。マスコミ各社が1カ月ごとに世論調査を行っていますが、最近、安倍政権に対する国民の支持率が急落傾向にあります。ずさんなコロナ対応、国会も開かず、記者会見もせず、国民に背を向けている首相への不信感の表れでしょうか。直近のNHKの調査では「支持しない」が45%で、「支持する」の36%を大きく上回りました。


内閣支持率
写真3(時事通信の調査でも不支持が46・2%で、支持を11・1ポイント上回りました)

いつも思わず笑ってしまうのは、「支持しない理由」です。断トツで筆頭にくるのは「人柄が信頼できないから」。この調査でも40%を占めています。安倍政権はみなさんご承知の通り、一貫して憲法改正に執念を燃やし、政治生命を懸けると息巻いてきました。わたしははっきり言って、この人に憲法改正を任せるのは危険だと思います。

理由は簡単です。世論調査にあるように、実に多くの国民がこの人の「人柄が信頼できない」と答えているからです。国民の信頼を得ていない人物が、戦後日本の支柱であり、日本の宝でもある「平和憲法」をいじってはならない。これが、わたしの問題意識です。

前回まで、わたしたちは小さな旅を続けてきました。サンピエール、ルソー、カント。欧州の聖職者、思想家、哲学者が18世紀に発想、提唱した「戦争放棄」の思想を巡る旅です。長い旅路ではありましたが、1710年の「永久平和論」の中で、「戦争放棄」の考えが明確に示されていたことを確認しました。

それから300年。高邁な理想はその後、どの国においても、一度たりとも実現できなかったことを考えると、道のりの遠さを感じます。「戦争放棄」の水脈を辿ったのは、その到達点と言える日本国憲法を開いて、もう一度、考えてみたかったからです。

フランス法を学んだ憲法学者には伝統的に「護憲論者」が多い。ずいぶん前の回で、こんなお話をしました。憲法学の「泰斗」として知られる東大名誉教授の樋口陽一さん(85)も、若き頃、パリ大学に学びました。その背景にあるのは、(何度も繰り返しになりますが)フランスが「人権の母国」と言われ、フランス革命や政体の激動、度重なる戦争を経る中で、市民の権利を守り抜く「自由で平等な社会」を構築してきたからにほかなりません。


樋口陽一
写真4(憲法学の泰斗と言われる樋口陽一さん。学者の立場で護憲の先頭に立ってきました)

では、日本国憲法を守るとは、一体、何を守るのでしょう。みなさん、日本国憲法の3原則を記憶していますか? 中学の時に学び、暗記させられましたね。


①国民主権

②基本的人権の尊重

③平和主義


特筆されるのは、③の平和主義。その象徴として存在するのが憲法第9条なのです。フランスの人権宣言の文言と比べながら、その類似性を指摘したことがありました。「憲法を守る」とは言うまでもなく、「戦争放棄」を謳った「第9条を守る」ことに帰結します。


では、「憲法9条」を考える新たな旅に向けて出発しましょう。

ルソーもカントも『これ』を求めた

「戦争放棄」の思想の水脈を辿る小さな旅を続けてきました。行き着いた先は、フランス北西部・ノルマンジー地方の小さなまちサンピエール。そこに生まれ育った聖職者サンピエールが著した「永久平和論」の中に、「戦争放棄」の文言を発見したのです。

北大の元学長だった中村睦男さんが急逝したのをきっかけに、6月から始めた今回のテーマは、「人権」そして「戦争と平和」です。日本国憲法の支柱ともいえる「戦争放棄」のルーツを探ってきたのは、わたしたちがいま、空気のように感じている平穏な日常がいかに先人の労苦と犠牲の上に成り立っているかを再考する必要がある。こう思ったからです。


話は少し本題から逸れますが、毎年暦がめぐり8月になると、日本人は必ず、戦争を意識します。広島、長崎に原爆が投下されたのは75年前の8月6日と9日。15日には日本が降伏した敗戦の日(終戦記念日)を迎えるからです。1年のわずか一瞬……ではありますが、戦争に思いを馳せる大事な季節といっていいでしょう。


長崎原爆
写真1(長崎の平和式典。昨年の写真です。日本人として忘れてはならない原爆投下の日)


道新文化事業社では、この5月、道新ホールで、特攻隊をテーマにした音楽芝居を皆さんに見て頂こうと準備を進めてきました。札幌出身のお笑い芸人アップダウン=竹森巧さん(42)と阿部浩貴さん(43)=による「桜の下で君と」。2人は札幌月寒高校の同級生です。



桜の下
写真2(お笑い芸人・アップダウンが公演を予定していた「桜の下で君と」のポスターです)

残念ながら公演は新型コロナウイルスの感染拡大で中止となりましたが、わたしは、戦後世代の2人が、特攻隊という戦争の暗部と真正面から向き合う姿勢に心を打たれ、勇気と希望をもらいました。公演は必ずや実現できるよう、応援していくつもりです。



本題に戻りましょう。今回は何とも不思議なタイトルを掲げました。「ルソーもカントも『これ』を求めた」。ルソーとカントはみなさんご承知のフランスとドイツを代表する18世紀の啓蒙思想家・哲学者です。では、彼らが求めた「これ」とは一体、何でしょう? 今回も答えを先に言ってしまいます。「これ」とは……サンピエールが著書のタイトルに掲げた「永久平和」を指します。

サンピエールの著書「永久平和論」には、戦争放棄の理念とともに、現在の国連や欧州連合(EU)の萌芽となる提案が含まれていたと、前回書きました。試論は画期的な内容でしたが、実は発表された当時、この論文は全く見向きもされませんでした。

世間の評判はさんざん。「聖職者の戯言(ざれごと)」「夢想家のたわごと」。こんなレッテルを張られ、著者サンピエールの名前とともに無視され、歴史の闇へと埋もかけたのです。忘却の運命を一変させたのが、みなさんご承知の啓蒙思想家ルソーでした。


ルソー
写真3(この顔を見ると名前がすぐ思い浮かぶのは、ルソーの知名度でしょうか)

ジャン・ジャック・ルソー。みなさんフルネームで覚えているのでは。それほど有名ですね。略歴をみると「1712年、時計職人の子としてジュネーブに生まれ、15歳で家出して放浪生活へ。42年パリで文筆生活を始め、啓蒙思想家たちとの交友を深める。55年『人間不平等起源論』を発表し、その後『社会契約論』『エミール』を出版。“自然に帰れ”をモットーに主権在民を唱えた。童謡『むすんでひらいて』の作曲者でもある」とあります。

ことの経緯をたどると、思想家ルソーこそがサンピエールの著作を見出したといえます。埋没しつつあった「永久平和論」に偶然、触れたルソーが、その先見性を高く評価したことで、サンピエールの名に再び光が……。しかも、ルソーの活動を通して、サンピエールの思想は隣国ドイツ(当時はプロイセンといいました)に伝わり、かの有名な哲学者イマヌエル・カント(1724~1804年)をも動かすことになったのです!

カントといえば、みなさん、「純粋理性批判」の著者としてご記憶でしょう。彼のもうひとつの代表作こそが「永遠平和のために」。(カントの著作は『永久』ではなく『永遠』と訳されます)。岩波文庫には「いまあらためて熟読されるべき平和論の名著」と記されています。


カント
写真4(「純粋理性批判」の著者として知られる哲学者カント。永久平和の提唱者です)

永遠平和
写真5(カントの「永遠平和のために」=岩波文庫=。いまなお読み継がれる名著です)


この著書でカントは、戦争を回避し、恒久平和を実現するための「国家のあり方」「国家の民主化」「平和のための連合創設」を説き、人間ひとりひとりに厳粛なる平和への努力を義務づけました。サンピエールの思想を一歩、推し進めて平和のビジョンを提示したのです。


サンピエールはルソーとカントによって蘇生した! 「永久平和」とは18世紀から人類が追い求めた理想であり、「戦争放棄」とともに究極のテーマだった! 長い旅路の果て、ようやく辿り着いた結論です。

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