2018年10月

つばなれ


「つばなれ」

という言葉があります。


落語の世界で、10人以上のお客を集めること。
釣りの世界には
「ツ抜け」
という言葉もあります。
釣果が10匹を超えることです。

10未満は、ひとつ、ふたつ、みっつ…と言葉の最後に「つ」が付きますが、10になると付きません。
落語のお客と釣った魚では、だいぶ重みが違うようにも思いますが、いずれにしても10を超える数を集めるのは、それなりの苦労や技術が要る、ということですね。

落語の聴衆(観衆?)がひとけたとは、ずいぶん少ないと思う人もいるかもしれませんが、常設の寄席の、開場まもなくの時間帯ではよくあったことだそうです。寄席の外のイベント会場だと、天気次第でもそんなことがあります。
噺家さんとお話をさせていただくと、客はたった一人だったという経験をお持ちの人に本当に出会うことがあります。

そんな少ない客が相手でも、懸命に自分の芸を披露し、芸を磨いて一人前に育っていく。
決して手抜きはしない、と誇らしげに語る噺家さんに何人も会いました。




さて、そこで、ジュリーこと沢田研二さんの今回の騒動です。

若手噺家と、超ベテランの音楽家を並べることはできません。
若手が、少ない客に全力を尽くすのがプロ意識なら、自分が満足できる雰囲気の会場でしか歌わないというのも、プロ意識なのでしょう。ファンのなかには「ジュリーらしい」と理解を示す人も少なくないとのことです。

音楽の世界には「キャンセル魔」と呼ばれ畏れられる人が、少なからずいることも事実です。キャンセルがその音楽家のカリスマ性をますます高める例もあります。

それにしても、興行の世界の端っこから眺めると、主催者の困惑が手に取るようです。

沢田さんのファンといえば、決して若い人ばかりではありますまい。ライブに行くのは何年ぶり、という人もいたことでしょう。どれだけ彼のステージを楽しみにしていたことか。
そんなことを考えると、沢田さんの行動を理解するのはなかなか難しい。

沢田さんのような「意地」の強い人が次々と現れるようなことが、なければいいのですが。

魂の歌

作詞家と呼ばれる人の中で、唯一お会いしたことのあるのが、なかにし礼さんです。新聞社時代の会合にゲストとして来てくださり、お話をうかがっただけでなく、懇親会では同じテーブルで雑談をすることもできました。

なかにしさんと言えば、先の戦争と切り離してその人生を語ることはできません。生まれは中国との15年戦争中の1938年(つまりことし80歳になられます)、旧満州の牡丹江市。大変な経験をしたことが、彼を筋金入りの反戦主義者にしました。

2014年、集団的自衛権が閣議決定されたときには、

「平和の申し子たちへ 泣きながら抵抗を始めよう」

という詩を毎日新聞で発表。大きな話題となったことをご記憶の人も多いでしょう。
本人が朗読したテレビ番組をYouTubeで見ることができます。


そのなかにしさんは、わたしも大好きなワーグナーの音楽を好んで聴かれる一方、歌舞伎にも幼いころから親しまれたそうです。

週刊誌・サンデー毎日の連載コラム「夢よりもなお狂おしく」の最近号で、「わが魂の音楽 長唄『勧進帳』」と題して、幼いころの思い出を披露しています。

なかにしさんの家庭は、当時としてはなかなか裕福だったようで、父母が愛した歌舞伎の話題が絶えなかったそうです。

<兄も姉も歌舞伎の大ファンであるから、二人で『勧進帳』の弁慶と富樫の問答を丁々発止とやりだす。…私が五歳ぐらいになると、「禮三、お前、判官(義経)やってみろ」と兄に言われ、私もいつしか覚えた台詞「いかに弁慶、道々も申すごとく…」とそれらしく言ってみると…>
<私のソウル・ミュージックは長唄『勧進帳』にとどめを刺す。つまりこの魂の音楽が私の精神生活の最初の種子ということになる>

ちょっとうらやましい環境ではありますね。

道新文化事業社は、歌舞伎座のない札幌でも歌舞伎に親しんでいただこうと、毎年2~3回、歌舞伎公演を開催しています。
来年3月には、市川海老蔵さんが中心となってシリーズで開催してきた「六本木歌舞伎」の第3弾「羅生門」をわくわくホリデーホール(札幌市民ホール)で開催します。
伝統的歌舞伎の枠を超え新しい試みを加えたこのシリーズ、今回はV6の三宅健さんが歌舞伎初出演ということで早くも話題になっています。
羅生門チラシ



4日間6公演を予定。詳細は道新プレイガイドのホームページをご覧ください。


申し込みが殺到すると予想されますので、チケット購入は抽選とさせていただきます。道新プレイガイドクラブ会員が対象で、受付は11月4日です。この機会に、会員登録(無料)してはいかがでしょうか。

写真は「羅生門」の速報チラシ

hitaruパワー

札幌の新劇場「札幌文化芸術劇場(愛称hitaruヒタル)」がオープンしました。
劇場が東京二期会などと共同制作したヴェルディのオペラ「アイーダ」(アンドレア・バッティストーニ指揮、札幌交響楽団など)の2日間のこけら落とし公演では、満席の聴衆が惜しみない拍手をおくりました。

上演を論評する力はありませんので、考えたことを徒然なるままに書きます。

第一に、この劇場は札幌の「都市の格」とでも言うべきものを、確実に一段押し上げた、ということです。
カーテンコールに拍手を送りながら、わたしは幸福感に満たされていました。こういう場を自分たちのまちも持つことができたのだ、と。
たまに上京してオペラを見ます。会場は上野の文化会館、新宿初台の新国立劇場、それに神奈川県民ホール、NHKホールなど。言うまでもありません。それらホールを断然圧する魅力をこのホールは備えています。
福岡からわざわざやってきた知人は「札幌がうらやましい」と、ため息交じりに話していました。
この劇場は、市の外にいる愛好家たち、そして専門家たちさえもが、札幌を強く意識する大きな「武器」になりえます。

第2に、当然ですが、このまちに住む多くの人たちも、この劇場を通じてオペラという芸術に接する機会がやっとできました。
わたしの身近にも、この機会に初めて本格的なオペラを見て、すっかり心を奪われた人が何人もいます。
北海道二期会が3月に上演する「椿姫」(ヴェルディ作曲)の先行販売が行われていましたが、公演を機に売り上げが急増したことが、それを裏付けます。劇場自主制作の次回作品「トゥーランドット」(プッチーニ作曲)にも、強い関心が寄せられています。

この後、バレエとミュージカルの公演も予定されています。これらのジャンルでも、新しいファンが増えていくことでしょう。

札幌市民、北海道民はもちろん、日本全国あるいは海外からも客を呼べるような充実した公演を、切れ目なく開いてほしいものです。このホールの上演なら、客を呼べるはずです。

そう言いながら、そうはいかない現実もあらためて気になりました。
それは、この館に与えられた「ニトリ文化ホールの後継」という使命です。つまり、音楽・舞踊専用ではない、貸館としての役割、集会場としての役割が期待されていることです。

関係者の一部に、館の芸術監督がいないことを案ずる声があります。施設だけ見れば、懸念はその通り。しかし、自主公演が限定的にしか開けない内実を思えば、芸術監督というポストはいかにも贅沢なものに思われます。

この点については、さらに論議の盛り上がりを期待したいところです。

最後に、
貸館であれば、わたしたち民間事業者が「借館」して、どんどん優れた公演プランを持ち込めばいいわけですが、言うほど簡単ではないことも知っていただきたい。
今回のような公演を、このチケット価格で提供することは至難です。この価格がオペラ観劇の相場で定着すれば、わたしたちが自力でオペラ団体や外来歌劇団を招くのは、リスクの極めて大きな冒険になってしまうでしょう。
大勢の出演者、スタッフに移動してもらい、大規模な舞台装置も運搬してこなければならないという札幌では、宿命的に「高コスト」がついて回るからです。

せっかくオペラの魅力に目覚めた多くのみなさんに満足のできる公演を数多く提供したい。興行で札幌のまちの魅力を高めることに貢献したい。
強い思いを抱きながら、さて、どうしたらそれができるか。考えるのは、楽しくもあり恐ろしくもあり、といったところなのです。

宣伝です。ヒタルが入った札幌市民交流プラザの2階には、音楽会などのチケットが買えるチケットセンターがあり、その運営を道新文化事業社が請け負っています。道新ビル1階の道新プレイガイドともども、よろしくお願い申し上げます。

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