遠方から片道3時間以上かけて公演に通ってくださるご婦人がいます。その人はちょっと変わっているように見うけられました。
公演会場では、パンフレットをお配りしたり、記念のプログラムや物品販売コーナーを設けたりしていますが、「わたし、そういうの要らないの。残してもしようがないし」とまったく関心を示されなかったのです。
「思い出を残しておきたい」「出演者と一時でも触れ合った証拠を持っていたい」と思うのは自然なことでしょう。彼女がそうでなかったのは、大げさに言えば、自分の人生に対する執着のなさの現れのようでした。
失礼な推理をしたのには理由があります。この女性はご主人と家業に従事されていましたが、数年前にご主人は急死。以来、残された仕事を従業員の方たちと守っておられるとうかがったのです。
ご主人を亡くされた痛手の深さが背景にあるのではないか。勝手にそんなことを案じていたのでした。
その彼女が、あるコンサートをきっかけに変わりました。出演者のCDを購入され、終演後のサインの列に並び、目を輝かせて帰っていかれた。それ以降、別の公演でも同じ姿をしばしば拝見することになります。
再び大げさに言えば、人生観を一変させる力のあるステージに、彼女はあの夜、巡り会えたということでしょう。
逆に言うと、私たちはそんな機会を提供してさしあげることができた、と自賛したい気持ちを抑えられません。たった一人であっても、そこまで満足していただければ、主催者冥利に尽きるというものです。
私たちは多くの公演で、パンフレットとともにアンケート用紙もお配りしています。次の企画に生かすことが最大の狙いですが、ひとりひとりのお客様の人生に喜びを与えられたことを、回答から想像してみたい、そんな思いもあるのです。
画像はイメージです。