ナマオト

“お堅い”クラシック以外のコンサートは今日、電気増幅が一般化しています。小規模なライブハウスなどでは、マイク、スピーカーを使わなくても十分に音は伝わる。音量過剰を感じることが少なくないのです。声でも楽器でも、発生源から空気の震えが直接伝わってくる感じが、ライブならではだと思うのですが。



「いい酒といい女は迎えに行け」という言葉があります。もとはカクテルの楽しみ方を教えたことばだそうです。




名人バーテンダーは、度数の高いカクテルは漏斗に脚を付けたようなグラスにあふれるぎりぎりの分量をぴたりと決めてくれます。こぼさずに持ち上げて口に 運ぶのは難しい。
一見、行儀が悪そうですが、口のほうをグラスに運んで一口目を味わうのは、むしろ礼儀にかなう。いい酒を「迎えに行く」というわけです。
「いい女」については解説は不要ですよね。いや、「好きな相手」と言い換えたほうが適切でした。



音楽も同じところがあると思うのです。



大音響を体全体で浴びるのもいいですが、かすかな音のニュアンスを求めて耳をそばだてるのはまた格別です。いい音、いい音楽を「迎えに行く」わけです。
前々回のブログで武満徹さんの「小さい音が好き」という言葉を紹介しましたが、同じことを言っていると思います。


昨年、フラメンコギターの沖仁さんのコンサート(道新ホール)では、「生音コーナー」という時間帯があって、沖さんの魔法のような音色をじっくりと味わうことができました。


26日にかでるホール(北2西7)で開く柏木広樹チェロ・アコースティック・コンサートは、文字通り全編生音です。楽しいトークとともに柏木さんのチェロ、NAOTOさんのバイオリン、榊原大さんピアノの、皮膚ではなく心に届く音色をぜひお楽しみいただきたい。
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皆さんを「お迎えに行く」ことはできませんが…。


写真は柏木広樹チェロ・アコースティック・コンサートのお知らせ

続・武満さん

 立花隆さんの大著「武満徹・音楽創造への旅」(文芸春秋)をきっかけに、もう少し書きます。ただし本質ではなく、とっても周辺的な話題を2つ。


 世界を驚嘆させた琵琶と尺八とオーケストラによる「ノヴェンバー・ステップス」は、武満さんの出世作といっていい作品です。立花さんの本でも多くページが割かれています。

 印象的なのは、同曲になくてはならない琵琶奏者の鶴田錦史さん(1911年滝川市生まれ。95年没)が女性だったという事実と、エピソードの数々です。カナダ・トロントの空港で女子トイレに入って行って大騒ぎになったとか、NHKの有名ディレクターも1年間気が付かなかったとか。


 ぼくも、テレビ映像で拝見しただけではありますが、鶴田さんは男だとばかり思っており、告白しますが、この本で事実を初めて知りました。見事な男装ぶりだったとはいえ、気づくのがいかにも遅すぎ。「不明を恥じる」どころではありません。


 考えてみれば、人は誰かと向き合ったとき性別は外見で判断し、それを疑うことはしないものです。でも、あえて確認することも必要なのかも。いやいや、それはセクハラに当たるのか、などと考えがめぐります。



 話題をもうひとつ。武満さん死去を報じたNHK夜7時のニュースのお粗末さです。

 

アナウンサーはこう言ったというのです。
 

 

 「NHKの連続ドラマ“夢千代日記”の作曲者であった武満徹さんがお亡くなりになりました。武満さんは昨年のNHK放送文化賞の受賞者でもあります」


 

 これが世界中の音楽家の尊敬を集め、歴史に残る作品を多く遺した作曲家の死に捧げる言葉でしょうか。開いた口がふさがりません。
 

 NHKには優れたドキュメンタリーも多いのですが、ニュースでは今でも類似の場面に遭遇します。自局の宣伝過剰を少しは恥じるべきだ、と訴えたい。


 無意味な立腹は抑えましょう。こんなときは石川セリさんのCD「翼 武満徹ポップ・ソングス」が心を落ち着かせてくれます。

 


石川セリ

写真は筆者が愛聴している石川セリ「翼 武満徹ポップ・ソングス」

武満さん

昨年は作曲家・武満徹さんの没後20年でした。日本の生んだ20世紀の大作曲家の一人です。各地で記念のコンサートが開かれました。
 

 命日の220日を前に、あらためて武満さんをしのびたいと思います。きっかけは、やはり没後20年を記念して出版された立花隆さん著「武満徹・音楽創造への旅」(文芸春秋)に遅まきながら圧倒されたことです。

 

 2段組み780ページの大部に、武満さん本人はもちろん、彼を取り巻く国内外の音楽事情がぎっしりと詰まっています。

立花隆
 
 

 

 クラシック音楽界は爛熟の後期ロマン派の後、とても難しい時代を迎えます。

いわるゆ「現代音楽」は、新しい表現手段を求めて聴衆に挑戦するかのような「楽しくない音響」に入り込んでいきます。
 

 武満さんもそうした「実験」の影響を受けています。しかし、生み出された作品はそれらとはまったく違った印象を与えます。

 

 その特徴を、知識も経験も足りないことを自覚した上でぼくなりに表現すれば、「漂うグラデュエーション」ではないか、と思うのです。

 煙が大気中をたなびくような、あるいは水のなかの絵の具がゆらゆらと広がり混じり合い、どこまでも延びてゆくような…。

 

 

 彼の音楽に東洋的自然観を見るのもそんな特徴ゆえでしょう。

 

 
 

 立花さんの本から最後に印象的な言葉を引用します。
 

 武満さんは「僕は小さい音が好き」と強調しているのです。「大きい音の大きさは有限だけど、小さい音の小ささは無限のグレードがある」「大きい音にはみんなあんまり注意を払わないけど、小さい音だと、みんな耳をそばだてて音を聴き出そうとする」と。

 

 

 彼はギターを愛し、優れた作品を遺しました。ギターはまさに小さな音に耳を傾けてもらう楽器です。この楽器には実は、ぼくも思い入れがあるので気に入った一節なのです。

 
自分の写真2
 


写真は立花隆「武満徹・音楽創造への旅」

ギターを抱える筆者。カバー写真は実はこうなっていました

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