花をめでる

先月末、「花供養祭」という行事が札幌市内のホテルでありました。

201711201花供養祭



生花の生産者、流通業者から華道などの関係者までが集まって、花に感謝するというユニークな催しです。北海道花き品評会の表彰式も兼ね、今回で56回を数える歴史をもちます。

道新文化事業社は、北海道新聞のグループ企業として、北海道いけ花連盟の事務局を預かっていますので、毎回出席させていただきます。


「〇供養」といえば針供養が有名ですが、道具や生産物、商品に対するのに、その恩を忘れず、感謝の気持ちを捧げるというのは、とてもいいことですね。詳しくないので「日本ならでは」と断言はしませんが、地球上のどこでもあることとは思えません。



それだけではありません。日本人は、花によってその終わり(一般には「散る」という)に多様な表現をあみだしたそうです。


 朝顔=しぼむ

 牡丹=崩れる

 菊 =舞う

 雪柳=吹雪く



この席に出たおかげで、元札幌生花商業協同組合理事長の川村惺馬さんのあいさつに教えられました。
知っていると、ちょっとうれしい。
そう川村さんにお話ししますと、またまた教えられました。


「医者にアロエを贈ってはいけない。『医者いらず』だから」



早い冬の訪れで、生産者はただでさえ高騰している燃料代に困っているそうです。流通にも影響は必至でしょう。
それでも、年末年始にかけて、花を贈ったり飾ったりする機会は増えるでしょう。

花に感謝しながら、その美しさをめでたいと思います。



きなくさい世界情勢に



「武器ではなく花を」



という言葉も思い起こしたい。


※写真は花供養祭の祭壇

彩り豊かな「冬の旅」

無人島に本を一冊だけ持っていけるとしたら…、という問いかけがあります。
これに倣って、無人島にCDを一枚だけもっていけるとしたら…、と問うのは愚問です。なぜなら、電気のない無人島では思うようにCDを再生できないから。

なんて無駄口はやめにして、「好きなCDを一枚だけ挙げるとしたら何?」と問われたことがあります。
しばし考えて、その時わたしが選んだのはシューベルトの「冬の旅」でした。

24曲からなる連作歌曲。どれ一曲としてつまらない曲はありません。ひとつひとつの音符を、本当に必要な音だけを、選んで選んで選び抜いて、打ちひしがれた若者の道行きを描きます。
有名な「菩提樹」はこの曲集の第5曲です。


タイトルは決まったとして、どの盤を選ぶかはなかなか大変です。歌手は男声の低い声・バリトンがもっとも一般的かもしれませんが、高い声・テノールにも味わい深い名盤があります。少数ですが女声の盤もあります。
伴奏のピアニストにも巨匠あり伴奏スペシャリストあり、選択に迷います。ピアノそのものも、素朴な音のする古風なタイプを使ったものもあります。


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それだけではない。もっといろんな選択肢があるのが「冬の旅」の特徴のひとつです。

伴奏に、ピアノではなく弦楽四重奏や室内楽を起用したもの。ドイツの大御所テノール、ペーター・シュライヤーの「最後の録音」は弦楽四重奏版でした。
歌唱とピアノ伴奏に、ほかの楽器や朗読を組み合わせたものもあります。本場・ドイツで尊敬を集める白井光子さんは、ビオラと朗読を加えて録音しました。
全編を無伴奏合唱で演奏したのは日本の団体、タロー・シンガーズ(里井宏次指揮)。

人の声を楽器で表現した歌なしの演奏さえあります。ビオラと2本のギターの盤、チェロとピアノと朗読による盤。サキソフォンとピアノの盤。
また、作曲家が独自の創作を付け加えた録音も。ハンス・ツェンダー指揮アンサンブル・モデルン、オリバー・シュニーダー・トリオによるピアノ三重奏。いずれもテノール独唱に現代音楽の演奏が加わって刺激的です。

「冬の旅」はこのように、多くの演奏家だけでなく作曲家にもインスピレーションを与え続ける名作なのです。他に例を探せば、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」くらいしか思いつきません。

ところで、来月札幌で注目の「冬の旅」のコンサートがあります。
メゾソプラノとギターによる「冬の旅」全曲。2017年12月1日(金)午後7時開演、ザ・ルーテルホール(大通西6)。
メゾソプラノ駒ヶ嶺ゆかりさんとギターの宮下祥子さんが、5年越しで磨き上げてきたものです。

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シューベルトの歌曲伴奏には、ギターの響きを想定したような曲が多くあります。「冬の旅」も、上にも挙げたようにギター伴奏盤があります。
しかし、1時間を超える連作歌曲の伴奏は体力的にも厳しく、メジャーなCDで入手できるのはいずれも2人の奏者が参加したものになっています。

女声と女性ギタリストによる「冬の旅」。しかもギターは今のスタイルの楽器ではなく、より細身でひなびた音のする「19世紀ギター」を使うそうです。
歴史的なコンサート、といっても過言ではない催しが、札幌ゆかりの演奏家によって実現するのです。
チケットは道新プレイガイドへどうぞ。



写真(上)は「冬の旅」の“変わり種”CD。
写真(下)は札幌での「冬の旅」のポスター

「収集」と「蒐集」

芸術の秋に、世界経済や歴史とアートとのかかわりを論じたすごい一冊に出会いました。

<コレクションと資本主義―「美術と蒐集」を知れば経済の核心がわかる>。角川新書です。
世界経済の歴史を分析し、資本主義の終わりを説いているエコノミストの水野和夫さんと、東京で画廊を経営する山本豊津(やまもと・ほづ)さんの対談です。



どういうふうにすごいかって?



実用には役立たない絵画になぜ、目の飛び出るような値段がつくのか、を真剣に論じ、その現象を経済の中に位置づけています。
また、ヨーロッパにおける美術館や博物館の役割。それは文化財を保存・展示するという「ありがたい」ものではなく、自らの価値に合わせて略奪物を整理してみせ、自らの価値観を押し広げるという「暴力性」を持ったものであることを明らかにしています。


まだまだあります。とても一口では言えません。興味のある人はぜひ、新書をご自分でお読みください。

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この秋、人気を集めたゴッホ展に足を運ばれた人も多いでしょう。
海外旅行で有名な美術館や博物館を実際に見てこられた人もいらっしゃるでしょう。
いずれにしても、目からうろこが落ちますよ。


ところで「収集」と「蒐集」の違いについて。
水野さんは、ただ集めるのが「収集」、自分たちの価値基準に応じて分類し、選別しながらあつめるのが「蒐集」だと定義します。
そして、米国の批評家スーザン・ゾンタークの次の言葉を引用してみせてもくれるのです。
「蒐集家が必要とするのはまさしく過剰、飽満、過多」だと。


「蒐集」はまさに、資本主義の本質であるわけですね。


無意味な「おち」をつけたい衝動にかられます。わたしのCD「蒐集」。貧弱なものであはありますが、家人にはこう言われるのです。



「過剰、飽満、過多じゃない?」

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