レミゼの幕が開く

世の中には、題名とあらすじは知っているが、実際には読んだことのない「名著」がたくさんあります。その多くがロシアとフランスに集中しているのは何とも不思議。両国民の思考の複雑さ、個性に起因するのでしょうか?

たとえば、ドストエフスキー作「カラマーゾフの兄弟」。「罪と罰」と並ぶ最高傑作と言われ、4部・12編で構成される壮大な大河小説ですが、読破した人となると、どうでしょう? ドストエフスキーとくればトルストイ。その不朽の名作「戦争と平和」(4巻17部)は登場人物が559人! と聞くと読む前から気力をそがれます。

ロシアと並ぶフランス。その双璧はプルーストの「失われた時を求めて」(全7編)とデュ・ガールの「チボー家の人々」(8部11巻)。これに、もう一作加えるとすれば、その筆頭格がユゴーの「レ・ミゼラブル」です。



これらの名著は、たいてい「少年少女世界文学全集」に収められていて、この抄訳であらすじを知ってしまうと、大人になって読み返すことはない! 自らの経験上、そう確信します(笑)。

岩波文庫の「レ・ミゼラブル」(豊島与志雄訳)は全4冊。各600㌻を超えているので、全部で約2500㌻。ユゴーが随所に付け加えた「脱線」や本筋に関係ない長大な「余談」のおかげで、展開が散漫かつ複雑になっているから難解!(研究者にとっては大事な部分ですが…)だからこそ。本筋だけを追った抄訳が有効なのです。


札幌では29年ぶりというミュージカル公演がいよいよ9月に迫ってきました。

公演を楽しみにしている皆さん。小中学生向けの抄訳をお読みになって会場に足を運んでみてはどうでしょう。お勧めするのは講談社の青い鳥文庫「レ・ミゼラブル~ああ無常~」(285㌻、670円)です。


レ・ミゼラブル本


ここには主な登場人物であるジャン・バルジャン、ミリエル司教、ファンテーヌ、コゼット、ジャーベール警部、マリウスの紹介と、舞台となるフランス国内の地図が記され、理解を助けてくれます。


最後の解説がまた重要。翻訳者の塚原亮一さん(故人)による子供たちへの心温まるメッセージが託されているからです。塚原さんは、この作品を読むことで、ジャン・バルジャンによって体現される理想主義的な人類愛とともに、貧困と不平等が生み出す社会の悲惨さを知ってほしいと語ります。

レ・ミゼラブルとは「惨めな人々」と訳されますが、ユゴーはここに「社会の弱者」という意味を込め、弱き者を助ける社会の創造を訴えたのです。それはユゴーが生きた19世紀という激動の時代を超越し、現代、現在へと通じる普遍的なテーマへと昇華させたと言えるかもしれません。


さて、小説とミュージカルでは物語の展開が異なりますが、登場する主な舞台はフランス国内4か所。時代は1815年~33年の設定です。

ミュージカルを楽しむために、どんな場所なのか、順を追ってみましょう。(添付のフランス地図参照)。


InkedInkedフランス地図_LI

 

まず、南フランスの港町ツーロン(Toulon)で幕が開きます。

ツーロンは、主人公ジャン・バルジャンが、パン一切れを盗んだ罪で19年間投獄されていた刑務所のあるまち。そして、近郊のディーニュ(Digne)は、出所したジャン・バルジャンがミリエル司教と出会い、銀食器を盗んだ場所、過去と決別して新たな人生を生きようと決意した場所でもあります。プロローグから観客は舞台にくぎ付けです。


Port_militaire_de_Toulon2

ツーロンはマルセイユとカンヌのほぼ中間に位置する軍港で、日本では横須賀のようなまち。市のホームペーを開くと「ユゴー作『レ・ミゼラブル』で主人公ジャン・バルジャンがツーロン刑務所に入っていたことになっており、ここを出所することから彼の波乱に満ちた人生の幕が開ける」との記載があります。

ツーロンにとって、レミゼの開幕舞台となったことは大変名誉なことだったのです。

 

続く第一幕の舞台は、ツーロンから1500キロも離れたフランス北西部、英仏海峡を望むノルマンジー地方のモントルイユ・シュール・メール(Montreuil sur mer)へ。ベルギー国境にも近接しています。波乱のドラマがここから、音を立てて動きだします。

実はこのまち、ユゴー自身が、愛人の舞台女優を伴って訪れたことのある、忘れ難い、思い出の地でもありました。

(ビクトル・ユゴーの女性遍歴については近く別稿で!)

 

写真1 レ・ミゼラブルは長大なストーリー。岩波文庫で全4巻。講談社青い鳥文庫の「ああ無常」の一読をお勧めします

 

写真2 ツーロン市は人口17万人。フランス海軍司令部がある国内最大の軍港。兵器産業も発達しています(©ツーロン市観光協会)

フランスはユゴーとともに


「文化」については、素人ながらそれなりのこだわりがある。


前回のブログにこう書きました。


何がそのこだわりを生んだのか。思い起こすと、それは、フランスという国に出会ったからかもしれません。


北海道新聞社の記者時代、2回、計5年にわたってパリで暮らす幸運に恵まれました。日本新聞協会とフランスにある同様の組織との交換留学生として、欧州のジャーナリズムを学ぶ機会を得たのが1987年から88年までの1年間。その経験から、道新のパリ特派員のチャンスが巡ってきて、1994年から98年までパリに滞在しました。



その5年間で最も心を打ったのは、フランスの文化力だったと言っても過言ではありません。絵画、ファッション、料理、ワイン、お菓子、音楽、香水、オペラ…。こんな話を逐一語り出すと、きょうの枠には到底、収まりきれないので、ここは、みなさんにこの写真を見て、想像を膨らませてもらえれば幸いです。


パリ・プランタン


ここはどこ? この豪華な空間は劇場でしょうか。もしかしてパリのオペラ座?


答えは「ノン」。実はデパートです。パリ中心部にあるプランタンデパートの本店(1865年開業)。頭上に広がる見事な天蓋を仰ぎ見て、その高さと広がり、色彩にため息をつきました。デパートにこんな無駄な空間を設ける発想。これがculture(キュルチュール=文化)なのか。漠然とこう考え、感じた瞬間でした。


さて、寄り道をせずに、話を進めましょう。

パリといえば凱旋門。訪れたことのない人も映像でご存知ですね。

この広場からは放射線状に12本の通りが伸びています。その1本がビクトル・ユゴー大通り。パリ滞在時、ブーローニュの森に向かうこの大通り近くのアパルトマンに住んだことがあります。最寄りの地下鉄駅はビクトル・ユゴー駅。駅の上には噴水が勢いよく吹き上がるビクトル・ユゴー広場。ユゴーのオンパレードです。


ユゴー16駅

ビクトル・ユゴー(1802~85年)は、言わずと知れたフランスを代表する文豪です。フランスを旅すると、どんな地方都市にも必ずと言っていいほど、その名前を冠した通りが存在します。日本では、「レ・ミゼラブル(惨めな人々)」の作者としてのみ知られていますが、フランスでは、それほどまでに広く国民の敬愛を集める存在。仏文学者の鹿島茂さんは著書で「ナポレオン以上に国民に親しまれた国家的シンボルである」と述べています。

ユゴーが生きたのは、フランス革命(1789年)後の19世紀。王様をギロチン台に送り込んで「自由・平等・博愛」の理想を実現したのもつかの間。新しい世紀を迎え、フランスは再び大混乱に陥りました。

帝政→王政復古→第二共和制→第二帝政→パリ・コミューン(共産主義)→第三共和制。めまぐるしく政治体制を変えていきます。


その時代の先頭に立ち、作家として、政治家として生き抜いたのがユゴーです。彼が世に生み出した「レ・ミゼラブル」を読み、さらには同名のミュージカルを鑑賞することは、とりもなおさず、19世紀の欧州・世界を知ることです。民主主義を渇望する民衆の歴史を知り、命を代償に獲得したデモクラシーの尊さを知る。さらには日本の平和憲法の源流に連なる「戦争放棄」の理想を学ぶ(この点については、あらためて話しましょう)。私はそう確信しています。


私たちの会社が実現に向け奔走してきたミュージカル「レ・ミゼラブル」公演がいよいよ9月に迫ってきました。次回からは、レミゼを楽しむ準備体操。ストーリーを追いかけながら、トレビア(雑学的な知識)を紹介しましょう。

 

写真1 劇場を思わせるプランタンデパート本店。1865年開業。アールヌーボーのガラス天井はまるで巨大な芸術作品

写真2 パリには14本の地下鉄が走る。2号線はまちを東西に結ぶ路線で、凱旋門の次の駅がビクトル・ユゴー駅。駅を出ると文豪にちなんだ大通りや広場がある(©パリ観光局)

武者震いの喜び

山崎の後任社長に就任しました。

社長ブログを引き継ぎます。迷いなくこう約束したものの、何を書いたらよいのやら。時が過ぎ、一向に筆が進みません。ぐずぐずしていると、チコちゃん、いや前社長に叱られそうなので、まずは自己紹介で見切り発車。

加藤利器(りき)と申します。


広辞苑を開くと、「文明の利器」の用例とともに、「よく切れる刃物」と書かれています。ちょっと怖いですね…。初対面の方からは「変わった名前。何と読むの。としきさん?」と言われ続けてきました。親は理科系を志向させたくて命名したようですが、大学は文学部。フランス文学などというやわな学問を専攻し、見事その期待を裏切りました。

さて、いまや東京スカイツリーがでんと聳える東京は墨田区業平(なりひら)で産湯を浸かり、寅さんのような義理人情の世界にもどっぷり浸かった幼少期。その後、隅田川に別れを告げ、荒川、江戸川を超えてディープな千葉県で小中高。大学は仙台へ。ここまで来たなら、まだ北がある。新天地で新たな人生を!

こう思い立って目指したのが北海道新聞です。

当時、新聞記者はあこがれの職業で、道新はリベラルな論調でマスコミ志願者に名を轟かせていました。首尾よく入社できたのは1979年(昭和54年)。といえば年齢が分かりますね。

夜行列車と青函連絡船を乗り継いで辿り着いた早朝の札幌は深い霧が立ち込めていました。この霧の向こうに何が隠れているのか。待ち受ける仕事への期待と不安を重ね合わせ、武者震いしたのを忘れません。

月日は流れ、39年。函館、倶知安、札幌、東京、北見…。政治・経済・社会・国際・論説…。いろいろな場所で実にいろいろな仕事をしてきました。直近の3年間は道新北見支社の支社長。オホーツクの自然を満喫し、食を堪能しました。


ひまわり

文化・スポーツ事業を企画・運営する弊社に来たのは偶然のことです。でも、チケットを購入するという利用者の立場で、ずっと愛着を持ってきた会社です。道民の生活に彩りを添える仕事に携われることにいま、強い誇りを感じています。39年ぶりに武者震いの喜びです。

実は「文化」については素人ながら、それなりにこだわりもあります。次回から職場の些事を含め、お話ししていきましょう。

マイペースで発信しますので、皆さんご愛読のほど、よろしくお願いします。

 

写真説明 いまごろオホーツクはひまわりが満開。澄み渡る青空。ゴッホの作品を彷彿させる景色が広がります


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